平成27年度司法試験に関するアンケート調査結果報告書
平成27年9月7日
法科大学院協会司法試験等検討委員会
1.まえおき
法科大学院協会司法試験等検討委員会は、本年5月に行われた第10回司法試験について、すべての法科大学院を対象としてアンケート調査を行い、全72校中の71校から回答を得た(回答率98.6%)。多忙の中、ご協力いただいた会員校の責任者・担当者の方々に厚く御礼申し上げたい。
調査は、これまでと同様、法科大学院教員の立場から見て、各科目の試験内容を適切と評価するどうかを尋ね、その理由の記載を求めるとともに、末尾に試験全体につき意見を記載してもらう形式で実施した。更に、本年度は担当式試験の科目が変更されたので、その点に関しても意見を募った。
この報告書は、回答集計と付記された理由・意見を取りまとめたものを各委員に送って関係分野についての評価を依頼し、その結果を報告書案にまとめて全委員に回覧した上で作成したものである。
回答校の割合は、短答式試験及び論文式試験必修科目については、94.4%~78.9%、論文式試験選択科目については、平均55.6%(昨年度は58.5%)に達し、高水準となっている。法科大学院制度に対して一層厳しい批判が向けられている現状において、各法科大学院が司法試験の出題傾向に強い関心を持ち、法科大学院を中核とする法曹養成制度における司法試験のあるべき姿について、批判的な検証が必要であるという強い意思を有していることを示していると評価できよう。
回答内容全体を概観すると、短答式試験については「適切」「どちらかといえば適切」とする回答が併せて91.0%、論文式試験については、必修科目86.2%、選択科目79.9%であり、いずれも高評価を受けている。比較すると、一昨年・昨年の数値は、短答式試験が87.8%・85.6%、論文式必修科目が87.9%・85.5%、論文式試験選択科目が同じく76.9%・78.8%であるから、試験問題に対する積極的評価は、ここ3年間、高い水準で安定しているといえる。
しかし分野ごとに試験問題の評価をみてみると、短答式においては、憲法分野の評価と刑法分野の評価との間にはかなりの開きがある(「適切」「どちらかといえば適切」とする回答を併せた割合について、憲法分野では85.7%であるのに対し、刑法分野では96.3%である)。論文式必修科目においては憲法分野の評価がやや低い(「適切」「どちらかといえば適切」とする回答を併せた割合について、憲法分野では71.4%であるのに対し、その他の分野では82.8%?93.8%である。なお、昨年度の憲法分野における「適切」「どちらかといえば適切」とする回答を併せた割合は85.2%である)。論文式選択科目においては、「適切」「どちらかといえば適切」とする回答の合計の割合を見てみると、知的財産法分野が55.7%(昨年度78.9%)であり、他の分野が78.4%~91.5%であるのと比べるとかなり低いものとなっている。
短答式試験の科目変更については、極めて多様な意見が開陳されており、安易なまとめ・要約を許すものではない。正確を期すには付記された回答意見をお読みいただくほかないが、極めて大雑把な傾向・特徴として、おおよそ以下のような点を指摘することができると思われる。第1は、「受験生の負担軽減」という点を理由として、今回の短答式試験科目の削減を好意的に評価する意見が多数見られるということである。これには、法曹としての資質・能力を測るには、憲法・民法・刑法の3科目について短答式試験を実施すれば十分であり、他の4科目について短答式試験を実施する必要性は乏しいという立場からの意見も勿論少なくないが、他方で、本来ならば他の4科目についても実施した方が好ましいのであるが、現在の法科大学院を取り巻く様々な状況等に鑑みればやむを得ないという、いわば消極的な選択といった意味合いの意見も相当数含まれているものと見られる。第2は、短答式試験から除外された科目における学習の偏りを危惧する意見が多く見られるということである。それぞれの科目毎に、論文式試験では出題しにくい分野があるため、短答式試験が課されないことによって、そのような分野は学習しないという「つまみ食い」化が進むことを懸念する意見は、今回の科目削減を一般論としては支持する立場からも見られるところである。第3は、短答式試験の対象から除外された科目について復活を望む声も少なくなく、特に手続法に関しては、そのような意見がかなり強いということである。実務家を育てるという観点から見たときに、手続法の学習へのインセンティブが低下するのではないか、という懸念をもたれている人は、少なくないようである。最後に、予備試験においては行政法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の短答式試験が課されていることとの関係・整合性に言及する意見が複数見られたことも指摘しておきたい。なお、従来から、3科目化に伴って問題が難化することを危惧する声が聞かれ、今回のアンケートでもその点を指摘する意見が寄せられたが、今年度に関してはそのような相関は認められないとの見方が多いようである。
試験全体についての意見は、例年同様、個別教員の長文の意見が多く概要を示すことは到底できないものの、各分野の試験問題の質及び分量が安定していることを認めつつ、法曹としての法的素養より知識の量を確認する傾向に陥っているとの批判は続いている。また、実務で必要とされていることと試験問題との乖離を指摘する意見も継続して見られる。
予備試験のあり方について疑問を呈する意見が多数見受けられる。「現在の予備試験の実態は、本来の趣旨からかけ離れたものとなって」いるという認識は、おそらく多くの者が共有しているものだと思われる。「予備試験制度について、法科大学院在学生が受験できること等について疑問を提起する意見があった」との回答が見られるが、法科大学院在籍者に予備試験を受験している者が多数いるという現状に釈然としないものを感じている教員は少なくないであろう。更に、「予備試験を経て司法試験を受ける学生に求めようとしている『法曹としての資質』」と、「『法曹としての資質』を涵養するためには、法科大学院で高等専門教育を受けなければならない必要性」との整合性を問う意見にも重いものがある。
今回は、出題趣旨や採点実感に関する意見も比較的多かった。内容や公表時期に関する意見・提言に加えて、本来、これらも踏まえた上でなければ試験問題を適切に評価することはできないという趣旨の意見も見られた。最低ライン点の設定に関する意見も含め、これらの意見は、問題自体の適切さだけでなく、制度の運用や最終結果も視野に入れて、司法試験全体を分析する必要性をうかがわせるものである。
法科大学院制度を中核とする法曹養成制度の在り方の再検討が進められている中で、政府の関連会議等において、本アンケート調査結果及び寄せられた意見等に十分な考慮を払われるよう要望したい。
※ 以下の記述中に、アンケート回答校数として小数点のある場合は、1回答校に複数の種別の回答があったことの反映であることを注記しておく(なお、本アンケートへのご協力をお願いするに当たっては、「複数の選択肢を選ぶことはなさらないでください」とお願いしております)。
※ 以下の記述中、無回答の割合を示すパーセンテージ表記は回答・無回答を含む総数を母数としたものであり、その他のパーセンテージ表記は当該分野に係る無回答を除く数値を母数としたものである。
2.短答式試験について
(1)憲法分野
63校から回答が寄せられ、そのうち、「適切」と回答したものが27校(42.9%)、「どちらかといえば適切」が27校(42.9%)、「どちらともいえない」が5校(7.9%)、「どちらかといえば適切でない」が4校(6.3%)、「適切でない」としたものはゼロという結果であった。昨年度とほぼ同様の回答結果であり、「どちらかといえば適切でない」が4校、「適切でない」がゼロという結果であるため、マイナスの評価はごく少なく、広くほとんどの法科大学院から評価を得ているということができよう。
「適切」であるとした回答に付記された意見を見ると、「法科大学院で標準的に扱われる判例等を素材にその正確な理解を問うものである。総論・統治機構についても、適切な難易度と考えられる。」、「基本的知識を正確に学習しているかを問う問題構成となっており、基本書に基づく出題が多くなされている点も適切であったと考える。」、「法科大学院の標準的な授業の成果を踏まえている。」、「統治機構・人権保障の各分野から万遍なく出題されている。問題も基本事項について素直に尋ねるものが多いので、受験者の学習到達度を客観的に測定できる内容になっていると考える。」、「受験生が軽視しがちな近代憲法史や過去の学説上の論争を前提とした設問もあり、法科大学院教育を通じて修了生が近代憲法或いは憲法という法規範の特質への理解を深めているかどうかを問う傾向が今年は例年に比べると強かったと理解している。実務家法曹をめざす学生にとってもこうした理解は必要であり、今後の教育や学習に良い影響を与えるであろうと考える。」等の積極的評価がなされている。「どちらかといえば適切」との回答においても、「標準的な問題が万遍なくだされている。」、「出題のテーマは、標準的・オーソドックスなものであったと思う。」、「憲法の基本的理解や知識と関わらない些末な問題が減った。」等の同様の評価がみられるが、他方で、「やや判例に傾斜しすぎで、学説等の論理整合性を問う問題ももう少し欲しいところである。」、「全体的にバランスのよい出題であったが、誤りポイントが明確で、知識がなくとも解答できる問題が見られた。」、「一部、細かな判例知識や学説理解を問う内容が含まれていた。」との意見も寄せられている。また、「従来より難易度が多少高くなったようであるが、短答式試験が3科目になったことからすれば、適切なものと考えられる。」、「よく練られた問題が多かったように思われる。ただ,標準的な受験生にとっては難しかったのではないかと思われる。」との指摘があるほか、「他の科目との平均点や得点分布に配慮していただきたい。」との要望もあった。
「どちらともいえない」との回答においては、「非常に細かな論点まで問われている。」、「判例についてくわしさを求めすぎる。」、「基本的な判例や知識を確認しようという意図は読み取れるものの、問いの立て方について不鮮明なもの不適切なものが多々見られ、結果として受験生を混乱させる要因になっているものと伺える。特に、問いのなかでは相変わらず、条文や判例、政府見解についての知識を問うのではなく、単に、「正しい」か「誤っている」かを問うものが多くある。憲法解釈において、絶対的に「正しい」もの「誤っている」ものがあるのか疑問である。」との意見もみられた。「どちらかといえば適切でない」との回答の中では、「論理的に考えさせて正解を導く出題が不足。」、「正誤の判断がつきにくい問題がやや多かった。」、「問題文が十分に練られていないものが多い。紛れのある問題もある。」との意見も寄せられた。
概して、本年度の憲法短答式問題についての評価は、出題範囲・難易度・分量に関して、いずれも高いということができよう。
(2)民法分野
短答式の民法分野について回答があったのは64校であり、7校が無回答であった。適切とするのが37校(57.8%。昨年度は58.9%)、どちらかといえば適切とするのが21校(32.8%。昨年度は32.5%)、どちらともいえないとするのが3校(4.7%。昨年度は7.0%)、どちらかといえば適切でないとするのが2校(3.1%。昨年度は0%)、適切でないとするものは1校(1.6%。昨年度も1.6%)であった。適切・どちらかといえば適切と答えた割合は、昨年度同様約9割を占めている。
自由記述欄の肯定的理由としては、昨年度と同様、基本的な知識として必要な内容を的確に問うものである、全体として分野のバランスが取れている,という指摘にほぼ集約される。 これに対し、問題点を指摘する意見としては、一部に細かな知識を問う問題があった,問題の分量が多い(75分で36問)という指摘が複数あった。また,肢問の全部について知らなくても答えられてしまう問題がある,判例の趣旨を問う問題を減らすべき,一部の問題文の記述につき受験生に誤解を招く可能性があるという意見もあった。
以上のような指摘もあったが,全体としては肯定的な意見が多かった。
(3)刑法分野
刑法分野・短答式について回答があったのは67校(昨年度65校)であった。
回答としては、「適切」とするのが34.5校(51.5%。昨年度は65校中36.5校)、「どちらかといえば適切」が30校(44.8%。昨年度は21校)であり、「どちらともいえない」とするのが1.5校(2.2%。昨年度は5.5校)、「どちらかといえば適切でない」とするのが1校(1.5%、昨年度は1校)、「適切でない」とするのは0校(昨年度1校)であった。「適切」と「どちらかといえば適切」を併せて積極的評価を示すものが64.5校(96.3%)となった。昨年の65校中57.5校(88.56%)、一昨年の70校中62.7校(93.6%)と比べて、その比率は高く、非常に肯定的に評価されているといえよう。
回答に付された理由をみると、「複雑な形式によることなく、基本的な知識および推論能力をバランスよく確認する内容となっている」「判例・学説の基本的な知識、また、それを前提とした基礎的な思考能力が確認できる設問である」「法科大学院で学ぶ事項の中からまんべんなく出題されている」「法科大学院の教育内容に沿った出題である」といった形で、出題分野のバランスや難易度を評価する肯定的な意見が大半であった。
否定的な意見は少ないものの、「実務と全く関係しない抽象論が出題されている」「いわゆる教室設例を前提に、設問も実務法曹の資格試験に不相当な内容が含まれている点は妥当性を欠く」「防衛の意思不要説,違法二元論に関する問題は,問題自体は基本的であるとはいえ,法科大学院の実務と理論を架橋する刑法に求めているものについて、誤解を与える危険があるように思われる」といった実務との係わり合いを意識した意見があることは注目される。 その他、今年度は、「判例を丸暗記すれば解ける問題がほとんどであり理論学習の誘因がない」「多くは判例の知識や条文についての基本理解があれば解答できる問題であり、もう少し深い理解を問う問題があってもよい」といった問題の難易度についてやや平易であったとする意見が目立つ。確かに、刑法は満点を獲得したものが多数おり、その点で平易であったことは間違いなさそうであるが、他方で最低ライン未満の者も3 科目の中で1 番多かったという点は興味深い結果である。
なお、個別の設問に関しては、「問19は選択肢設定が適切でないために易しすぎる」「第7問、第13問のみ有用性に疑問がある」といった意見のほか、第1問の選択肢「ウ」及び第3問選択肢「エ」について判例の理解との関連で疑問を呈する意見が見られた。
3.論文式試験について
(1)公法系
(a)憲法分野
63校から回答が寄せられ、そのうち、「適切」と回答したものが20校(31.7 %)、「どちらかといえば適切」が25校(39.7%)、「どちらともいえない」が10校(15.9%)、「どちらかといえば適切でない」が7校(11.1 %)、「適切でない」としたものは1校(1.0 %)、という結果であった。昨年度は、「適切」と回答したものが55.7%と過半数を超え(一昨年度は46.8%)、「適切」あるいは「どちらかといえば適切」と評価した回答が84.2%であった。本年度は、「適切」と回答したものが31.7 %、「適切」あるいは「どちらかといえば適切」と評価した回答が71.4%であるため、昨年度の評価が大変高かったのと比べると、やや評価が下がってはいるが、全体としてみると、積極的評価が7割を超えているため、高い評価が得られたと見ることができよう。
「適切」であるとした回答に付記された意見を見ると、「思考力を試す良問であると思われる。」、「難易度はやや高かったが、きちんと考えさせる問題であった。」、「「分野としても精神的自由であり、起きうる事例として考えさせる事例であり、重要判例を想起しつつその射程を事例に即して論証するという実践的な能力を図ることができ、添付資料はないものの、問題の量的にも難易度的にも適切である。」、「問題の内容も、思想及び良心に基づく差別、平等原則違反、公務員の中立性など多様なテーマと関連する項目が組み込まれている点で、何を選び取るのかを評価することができ、法曹に必要な専門的学識並びに法的な分析、構成及び論述の能力を見極める問題として適切であったと考える。」、「実際に起こりうる事態を想定した課題設定であり,かつ,憲法の基本的な理解を問う問題であるため。」等と、高く評価されていることがわかる。また、問題の形式面について、「出題の形式面についても、各設問の配点が明示されるなど、改善されている。」、「違憲論、それへの反論、自分の意見に関し配点が明示されている点は、プラスに評価できる。」、「設問(1)~(3)になったことを評価する。」等、複数の法科大学院が、本年度の問題形式について、高く評価している。
「どちらかといえば適切」との回答に付記された意見の中でも、「問題文の分量がそれほど多くはなく、事案を十分に分析して、論点の考察を行わせるものとなっている点で、適切といえる。」、「やや回りくどい感じもあるが基礎的な理解をはかる問題となっている。」、「社会的に話題になった問題を、憲法の重要論点とリンクさせており興味深くもある。」、「知識以上に思考能力をためせる。」、「これまでどおり具体的事実関係に即して憲法問題を論じさせる点に加えて、回答に当たって丁寧な誘導がなされた点は評価できる。」等の高い評価がみられるが、他方で、「従来と問題傾向が変わり、受験生の中には戸惑った者もいると思われる。芦部信喜著『憲法』を教科書にしている学生にとって、推論することは困難だったと思われる。」、「もっと作りこみ過ぎない出題をしても大丈夫であるように思われる。」、「問われている論点 3つのうち2つは応用的なものであり、実力のある受験者にとっても難しい問題 であったのではないか。」との意見が寄せられ、また、「考えさせる問題であるだけに、受験生に解答のための十分な時間があったのかどうかが少々心配である。もし途中答案が多かったなどの事情があれば、今後の問題の分量への配慮が必要であろう。」、「問題としては面白いと感じたが、一方、解答への「誘導」がはっきりとし過ぎている印象がある。今回の問題についてはこれでよいのかもしれないが、今後もこのような出題傾向が続くと、受験生が「論点主義」に走る危険性を感じた。」との指摘もあった。
他方で、「どちらともいえない」、「どちらかといえば適切でない」、あるいは「適切でない」との回答に付記された意見の中には、「問題文自身は悪くないと思うが、誘導の内容が適切だったかどうか、疑問がないわけではない。」、「受験生にとってなじみのない論点も含め例年より論点が多く、試験時間内の解答が困難と推測される。」、「誘導される論点・設定にやや無理がある。」、「政治的な要素が入る余地がある。」、「採用に関係する法令や基準が示されていないために憲法訴訟としての性格が明瞭でない。」、「事案が実態と離れている。」、「関連法規抜きに適切な判断を導きうるのか疑問。」との意見もあった。なお、「法科大学院制度の採用以降、司法試験の憲法は、大きく人権分野に偏った設問がなされている傾向にある。」との問題提起もなされている。
本年度の憲法の論文式試験問題については、昨年度よりも評価はやや低下したものの、思考力が十分試される良問であるとして多くの法科大学院が高く評価している。特に、問題形式について、各設問の配点が明示された点が従来からの改善点として高く評価されているとみることができよう。
(b)行政法分野
回答を寄せた71校のうち、無回答は15校(21.1%)であった。したがって、それを差し引いた56校のうち、「適切である」と評価したのが26校(46.4%)、「どちらかといえば適切である」が24校(42.9%)、「どちらともいえない」が2校(3.6%)、「どちらかといえば適切でない」は3校(5.4%)、「適切でない」が1校(1.8%)であった。「適切」と「どちらかといえば適切」を合わせると89.2%になるから、回答を寄せた56校の間では、本年の問題は極めて好評であったということができよう。全体としての分布は、昨年とほぼ同様である。
今年度の問題は消防法(建築基準法、都市計画法が絡む)の分野からの出題であった。消防法というのは、昨年の採石法よりは取り付きやすいかもしれないが、それでも受験生にとってはどちらかと言えば馴染みの薄い法領域ではないかと思われる。実際、そのことを指摘する声もあった。しかし、それがそれほどのマイナス評価に結びつかなかったのは、問題本文と会話文(弁護士同士の対話)による誘導がしっかりできていたことによるところが大きい。問題文の量自体はそれほど多いわけではないから、限られた分(文)量の中に必要な情報を埋め込む技術が遺憾なく発揮されたということになろう。
今年の問題に対する評価で目立ったのは、実体法的側面と訴訟法的側面のバランスがとれているという指摘である。これに損失補償を加えた3つの柱でバランスを考えているところもあった。もっとも、損失補償については、これまで陽の当たらなかった分野にきちんと陽を当てたことの意義を評価する向きが多い。そのように評価している法科大学院では、本問のような状況設定でも受験生は基本的な学習事項である程度対応できるはずだと見ているようである。しかし、先述の問題本文と会話文による誘導の効果に言及するところがあったほか、法科大学院での学習事項としては難度が高いという意見も少数ながら見られた。
なお、今年の問題は3つの小問から構成されているが、それぞれのテーマは何かと見れば、処分がなされる前の時点での抗告訴訟の可能性、処分がなされてから取消訴訟で争った場合の違法性の構成、そして処分が適法であるとした場合の損失補償の要否と並んでいる。すなわち、これらは3つの小問では、前提となる紛争状況が異なっている。このように小問ごとに紛争状況を変えて夫々に応じた解答を求めることについて、受験生に対して受験の論点を要領よく吐き出せばよいというメッセージを送る結果になるという意見が表明された。
(2)民事系
(a)民法分野
論文式の民法分野について回答があったのは64校であり、7校が無回答であった。適切とするのが29校(45.3%。昨年度は53.1%)、どちらかといえば適切とするのが24校(37.5%。昨年度は34.9%)、どちらともいえないとするのが6校(9.4%。昨年度は5.4%)、どちらかといえば適切でないとするのが4校(6.3%。昨年度は3.3%)、適切でないとするのが1校(1.6%。昨年度は3.3%)であった。本年度は適切・どちらかというと適切とするパーセンテージが昨年度と比べると5%程下がってはいるが依然として80%を超えている。
自由記述欄の個別意見の中で肯定的理由としてあげられているものの多くは、基本的な事項の正確な知識を問うものである、法科大学院の授業内容に対応している,現場での思考力・応用力が試される問題である,といった指摘にほぼ集約される。これは、昨年度とほぼ同様である。
他方、今回の出題に対する疑問点・改善すべき点としては、現場で考える時間を考慮すると問題数が多い(小問6題)と指摘するものが少なくなかった。昨年度も同様の指摘はあったが,昨年と比べると指摘の数自体は若干増えている。また,設問1および2につき,出題分野の特殊性を指摘するものもあったが,肯定的意見からは十分対応可能という意見も少なくなく,評価が分かれていた。
以上のように,改善に向けての意見も寄せられているが,全般としては肯定的な意見が多数を占めていた。
(b)商法分野
論文式試験の商法分野について回答のあった法科大学院は65校(昨年より3校の増加)で、6校が無回答であった。
回答した法科大学院のうち、「適切である」との回答が24.5校(37.7%。昨年より2.5校の減少)、「どちらかといえば適切である」との回答が36.5校(56.2%。昨年より10.5校の増加)であり、肯定的な回答をした法科大学院は、昨年と比較して、数において8校の増加、割合において8.3ポインの増加であった。
これに対して、「どちらかといえば適切でない」および「適切でない」とする否定的な回答をした法科大学院は0校であった。これは、昨年の事実関係が不必要に込み入っており、しかも記述が不十分で受験者を混乱させるおそれのある出題であったのに対し、今年は、そのような問題がなく、受験生の学力を量ることができる出題であったことによるものと思われる。なお、「どちらともいえない」との回答は4校(6.2%。昨年より4校の減少)で、昨年に引き続いての減少となった。
「適切である」、「どちらかといえば適切である」と考える理由としては、会社法の基本的な制度および重要判例についての理解を問う問題であり、適度に複雑かつ詳細な事実関係に基づいて、当てはめるべき適切なルールと重要事実を選び出して、事案を適切に解決する能力を量る問題となっており、法科大学院における教育・学修内容について十分な配慮が行われた問題であることがあげられる。
これに対して、「どちらともいえない」とやや消極的な評価をした回答は、3つの問題をただ並べただけの出題であること、設問3は法科大学院での教育の範囲を超えていること、解答しやすいが、試験時間内に解答を書くことは不可能であることを、その理由としてあげている。 資料について、貸借対照表や事業部門の資産負債状況を資料として読ませることを評価する意見がある一方で、取締役会設置会社、株式譲渡制限、種類株式発行会社などについては、問題文に書き込むのではなく、登記事項証明書などから読み取らせるべきであるとの意見もあった。
分量については、昨年までと比べて若干減少したことは評価できるが、依然として、試験時間内で解答するには論点が多すぎることを指摘する多くの意見があった。この問題については、数年前から指摘し続けているところであるが、個人的には、今年の出題は、これまでと違って、個々の論点について何が問われており、どこまで解答すべきであるかが比較的明らかであるため、論点が多いことそれ自体は大きな問題ではないと考える。ある意見が述べているように、商法の試験では、思考の深さではなく、典型的な事例の処理能力が量られるべきであると割り切ってしまえば、今年の問題は適切な出題ということになろう。これは結局、ポリシーの問題に関わることになる。
個々の設問についての評価についても、意見が分かれた。特に設問3は、最判平成24・4・24を知っているか否かだけの問題であったこと(知っていれば暗記した判旨を丸写しするだけの問題であり、知らなければ、配点20点の時間内で、論点を自力で見いだして説得的な論述を行うことは、平均的な受験生にとってはほとんど不可能であろう)に疑問を呈する意見が相当数あった。最判平成24・4・24は重要な判例であり、受験生は当然知っておくべきであるが、判旨を正確に記憶したか否かで点数が決まる出題というのは、いかがなものであろうか。設問1と2については、適切であると評価する意見がほとんどであったが、設問1が出題者の専門トピックであることを疑問視する意見もあった。
(c)民事訴訟法分野
無回答12校を除く59校中、「適切」と答えたのは35校(59.3%)、「どちらかといえば適切」と答えたのは19校(32.2%)、「どちらともいえない」との回答は3校(5.1%)、「どちらかといえば適切でない」との回答は2校(3.4%)、「適切でない」と回答した法科大学院は0校(0%)である。
「適切」と「どちらかといえば適切」との解答を合わせると、54校(91.5%)であり、「適切」であると答えたものが、論文式試験の中でもっとも多かった。したがって、民事訴訟法に関しては、多くの法科大学院が、論文式の試験問題についても適切であると評価しているといえる。なお、この数字は、一昨年度が63校(95.5%)、昨年度が55校(90.2%)であり、一昨年度よりは低いが、昨年度より若干上昇している。なお、今年も昨年度に引き続き、「適切でない」と回答した法科大学院はなかった。
次に自由記載欄からみると、「適切である」と回答したものの中には、「基礎的な問題が問われている」「応用力をも試す問題」「事例が法科大学院の授業でも取り上げる重要判例から出題されている」「法科大学院での主要な教育内容を反映し、かつそこに発展的な思考を加味する題意」「重要な論点について適度な難易度で問うている」といった諸点が、評価されている。これに対し、「本質的な議論につき纏めた上で解答させるとなると、試験問題数との関係から、やや試験時間が足りないのではないかとも思われる。」との回答もあった。
それに対して、「どちらかといえば適切である」と回答したものの中には、「講義の水準内にある」「判例の結論を知っているだけでは足りずなぜその結論に足るのかを理解しているかどうかを問うのは適切」「知識偏重の受験者よりも、自分の頭で考える受験者に有利」「考えて答えさせる問題」「基本的な論点を扱っている」「設例の文章中に、前提や解答の方向の誘導が示され、ヒントが与えられているので、受験生の理解度、思考の柔軟性を図るには適している」等の肯定的な意見が見られた一方で、「もう少し自由な解答が可能になるような設問の立て方をしてもよいのではないか」「やや誘導が過ぎており、能力の高い受験者には易しすぎたのではないか」「試験時間との関係において、問題数は検討されてもよいと思われる」「従来と違い、判例を知っているか否かを問うような点で、論理的な思考力を問うという点では少し疑問があります。」「設問3は、やや難解」「通説・判例さえ書けばよいという姿勢はいかがなものか」といった意見も寄せられていた。
「どちらともいえない」と回答した法科大学院は3校あったが、「内容的には落ち着いてよく考えれば、法曹としての基本的能力を身につけた者であれば、適切な解答を導き出せる内容ではあるが、解答への指示が詳細に過ぎて、法曹として求められるレヴェル以上の論理的思考能力および事務処理能力を要求してしまっている。」「設問1は、判例の立場を掘り下げて根拠づけさせるもので、問い方として一面的なきらいがある。」「基礎的事項につき学力を身につけた上で、問題文を読んで、その場で考えて解答することは、難しい問題であったと思う。法科大学院における学習において、各論点の理論構成を詰め切ったかどうかを試す、という方針であれば、本年の問題は、この方針に沿った問題といえよう。しかし、基礎的事項につき学力を身につけていること、および、基礎的事項についての学力があることを前提に、問題文を読んで、その場で柔軟に考えて解答できるか、ということを試すとの方針であったとすると、方針からずれるものと考える。」
「どちらかといえば適切でない」と回答した法科大学院は2校あったが、「難しい。特定の参考書を使ったものが、とくに有利になるような出題の仕方だと思う。」との回答が寄せられた。 「適切ではない」と回答した法科大学院はなかった。
(3)刑事系
(a)刑法分野
刑法・論文式には67校からの回答があった(昨年度67校)。
回答内容は、「適切」33.5校(50.0%。昨年度37.5校)、「どちらかといえば適切」25.5校(38.1%。昨年度19.5校)であり、併せて積極的評価を示すものが59校(88.1%。昨年度57校)である。昨年度と比べて微増しており(昨年度85.1%)、全体としては積極的な評価が与えられていると言ってよいであろうが、「適切」とする評価は昨年度と比べて低下しており(昨年度56.0%)、やや含みをもった評価も少なくなかったように思われる。
「どちらともいえない」とする回答は5校(7.5%。昨年度3校)であり、「どちらかといえば適切でない」は3校(4.5%。昨年度6校)、「適切でない」は0校(昨年度1校)であった。
付記意見をみると、好意的・積極的評価の理由としては、「法学未修者でも、3年の教育課程をまじめにとりくめば対応できる問題」「基本的な理解及び常識的な判断力があれば解答が可能な範囲内で、問題発見の能力や事実評価の能力等が深く問われる内容となっている」「論点発見が容易で事実の適示の能力を試すものであり、かつ、現場で考えさせる部分も含まれていた」「法科大学院教育において当然涵養するべき学力とその応用力を問うのに適切な事例」というように、法科大学院教育の成果を判定するのに適した質及び量を備えた問題であるとの指摘が多かった。
他方、批判的な意見としては、例年見られる「論じなければならない『論点』も多く、時間内に解答することは意外に難しいかもしれない」「論じるべき問題点が多すぎる」「論点の数が多すぎ、過度に事務処理能力を問うかたちになってしまっている」といった論点の多さや時間内での回答の困難さを指摘する意見が、今年度もいくつか寄せられた。また、今年度は、「一定数の論点をちりばめようとするためか、各論点ごとの短い事例をつなげたような感がなきにしもあらず」「論点が多く、論点中心の問題という感じを否めない」「かなり古い判例にある事例を組み合わせた内容であり、思考力よりも記憶力を問う問題となっている」といった、論点羅列的な問題であったというような印象を受けたのだと思われる意見が目立つ。そのようなニュアンスは、「全体として、設問事例の構成が、論点を増やす目的からか、例年の比較からしても相当に不自然な設定となっておりますが、そこまでして論点を増やさなければならなかったかが疑問」「三問を一問にみせかけたような事例」といった意見からはより強く伺われ、更には、「論点を切り貼りする受験対策が重視されることになろう」「旧司法試験の平成10年代の問題に限りなく接近しており、事実関係の分析に比重が置かれていない嫌いがある」といった悪しき論点主義に堕することになりはしないかという危惧感にもつながっているように思われる。他方で、「(新)司法試験の本来的な趣旨に適っていると考える」という意見もあるように、本問のような出題形式に対する評価がかなり先鋭に分かれており、今後の法科大学院における刑法教育のあり方を考える上でも興味深い。
問題自体は基本的・標準的なものだったとする意見が多数を占めるが、「実力差を判定するためには、より応用能力を試す問題でもよいのではないかと思われる」「標準的なレベルゆえに少し踏み込んだ論述をすることよりも事案処理の完結のため表層的な論述レベルにとどまらざるを得ず、あまり学修の成果が見せられない不完全燃焼の感を受験生に与えるのではないか」といった意見も見られる。この点は、採点の仕方とも関連付けて検討する必要があろう。
なお、個別の問題点としては、業務上横領罪と窃盗罪との間における共犯の錯誤の処理、窃盗犯人が第三者に奪われた盗品を取り戻す行為の評価(しかも錯誤が絡む)について、受験生のレベルを超えているとの指摘が複数見られる。
(b)刑事訴訟法分野
刑事訴訟法・論文式には62校からの回答があり、昨年度65校からやや減少した。
回答内容は、「適切」とするのが21校(33.9%。昨年度は65校中37.5校(57.7%))、「どちらかといえば適切」が33校(53.2%。昨年度は25.5校(39.2%))であり、併せて積極的評価を示すものは54校(87.1%)に及んでいる。このように積極的評価をした法科大学院の割合は、極めて高かった昨年度の65校中63校(96.9%)や一昨年度の62校中65校中58校(89.2%)と比較すると下回っているものの、あいかわらず高水準を維持していると見られる。 他方で、「どちらともいえない」とする回答は5校(8.1%。昨年度は1校(1.5%))であり、「どちらかといえば適切でない」および「適切でない」とする回答は、それぞれ、3校(4.8%。昨年度は1校(1.5%))、0校(昨年度も0校)であった。
回答に付記された理由は、法科大学院で履修している基本的な知識の応用能力を試す問題として、難易度・出題分野の分布ともに適切であったとするものが多かった。
具体的には、「基本的な論点についての知識と理解、あてはめの力を問うものである」、「問われている論点の質・量共に基本的なものといえる」、「オーソドックスな出題であり、具体的な事例についての法適用を問う問題である」、「法科大学院で学んだ基本的な知識を基に,思考を展開していく内容の問題となっている」、「刑訴法の基本的理解を問うものであり、かつその場で十分考えさせる問題である」、「強制捜査と任意捜査との区別、自白の任意性、違法収集証拠ないし毒樹の果実、さらには伝聞法則という、いずれも刑訴法の制度根幹に関わる基本テーマについての出題であり、受験生の刑訴法に対する深い理解を問うという意味では適切である」、「出題内容は一般的な概説書で検討されている事項であり、法科大学院で刑事訴訟法の基本的な内容を理解していれば論じることができる良問である」、「法科大学院の授業で取り上げる論点について問うている」といった意見があった。
しかし、例年にも増して、出題分量や論点の多さに対しては、懐疑的な意見が多数寄せられている。
具体的には、「設問2は…『想定される具体的な要証事実』も複数あると思料されることからすると、解答すべき論点がかなり多くなる。設問1も①②で行われたそれぞれの捜査の適法性を論じさせるものであることをも併せると、これを2時間で解くのは容易ではないと思われる。また…試験時間から考えると、そもそも事例がやや長過ぎるのではないかとも思われる」、「時間内に解ききることを考えると、論点も多く、個々の論点もやや難しすぎるきらいがある」、「難易度は適切であると思われるが、もう少し問題文を簡素化した方が良い」、「時間内で十分に思考して解答するには検討すべき事項が過多ではないか」、「論点がやや多く、時間内での処理が例年よりもむずかしいのではないか」、「問われている論点自体は,平素の学習の成果を生かして解答することが可能なレベルにあるが,論じるべき分量が多い」、「論じるべき論点が多すぎる。約束による共犯者供述からの派生証拠の問題は、丁寧に書こうとすると複雑なので、伝聞法則の問題とどちらか一方だけにするべきであった」、「難易度はそれほど高くないものの、論点の数が多すぎ、過度に事務処理能力を問うかたちになってしまっている」、「特に設問2にかかる事案設定自体がやや複雑であって正確に読み解くのに時間がかかることが想定されること、設問の文言からは伝聞性の判断の基礎となる要証事実を複数仮想して解答すべきなのか事案に照らして一つに絞り込んで解答すべきなのかがやや不分明であり受験者の側で悩みが生じた可能性がある(また、前者だとすれば解答すべき内容も多くなる)ことなどから、2時間で充実した解答を作成することはやや困難だったのではないか」、「尋ねられている問題がかなり多く,事実が長いので,刑訴法の問題を考えるというより,分析・整理して要領よく事実をつなぎ合わせる能力が求められるように感じられる」、「分量が多すぎるように思われる。少数の論点をじっくり検討し、より詳細に論述することを求めるような問題を出していただきたい。最近の学生をみていると、対立する複数の見解をしっかり理解したうえで、それらを理論的に検討していくという力が落ちているように感じられる。特定の法理論を所与のものとして、それを事例の具体的な事実にどのようにあてはめるかというところにばかり学生たちの関心が向いているような印象をうける。もちろん、法律実務家の養成において、法の事例へのあてはめは重要である。しかし、そのあてはめの前提となる法理論を検討していく能力を十分に養い、この能力を試すことも、実務家養成のためにはきわめて重要なのではないか。この点については、司法試験の内容とは切り離して法科大学院の教育の一環としておこなえばよいとの意見もあるかもしれないが、学生の勉強は司法試験の内容に大きく影響されるのはまちがいなく、また、教える側も試験内容を意識しないではおれない」、「問題量が多すぎる。論点と問題量が多すぎると、各論点を表面的になぞるような答案が良い評価を受け、それぞれの論点を自分の頭で考えてじっくり解こうとする受験生は、時間が足りずに、高い点数が取れない結果になりかねない。これは、望ましい法曹の選択と逆行するものである」、「分量が多過ぎる。設問1のみ又は設問2の伝聞性検討部分のみとするのが適当。それにより、事案の特性や先例との異同を十分検討した、考えた答案作成が可能となる。現状では、論点をとりあえず拾い切るだけで精一杯ではないかと思われる」、「問題としては良いが、量が過大である」といったかたちで、分量が過大であるために本来問うべき能力を評価することの妨げになっていないかという強い意見が見られた。
なお、出題の方向性について、「刑事法でも、当事者の立場からの立論を問う出題をするべきである」という意見があり、これに関係するかたちで、「設問2では、一つの解答を誘導するような設問になっていることが適切といえるか疑問がある。すなわち、最終的には書面の証拠能力(伝聞証拠該当性)を問うているが、その前提として証拠収集手続の適否を論じなければならないところ、違法排除という結論はそもそもあり得なくなってしまう。「排除せず」と結論を決めた上で解答することの不当性について、過年度の採点実感にも指摘していたように思う」という意見があった。
総じて、問う知識水準に対しては積極的に評価されているものの、問う分量については事務処理能力ばかりを評価するものとなってしまって不適切ではないかという疑問が呈されているといえよう。
(4)知的財産法
知的財産法について回答があったのは44校であり、27校からは回答がなかった。適切とするのが9校(20.5%。昨年度は33.3%)、どちらかといえば適切とするのが15.5校(35.2%。昨年度は45.6%)、どちらともいえないとするのが11.5校(26.1%。昨年度は16.7%)、どちらかといえば適切でないとするのが6校(13.6%。昨年度は2.2%)、適切でないとするものは2校(4.5%。昨年度は2.2%)であった。回答をした大学院のうち約6割弱が適切・どちらかといえば適切を選択しておりが,昨年と比べると2割ほど割合を下げている。
肯定的意見としては,基本的な知識を問いつつ,適切に応用力も求めているという意見におおむね集約される。著作権法に関する問題につき,上記のような評価する意見が多かった。これに対して,疑問点・改善すべき点としては,特許法に関する問題について,論じるべき点の多さ,難易度の高さを指摘する意見があった。
全体的に見て,難易度に関する叙述が多くみられ,その点が「適切・どちらかといえば適切」という評価の若干の低下につながったものと思われる。
(5)労働法
アンケート結果は、回答校43校を母数とすると、23校(53.5%)が「適切」、11校(25.6%)が「どちらかといえば適切」としており、両者を合わせると34校(79.1%)が肯定的に評価している。他方、「適切でない」との回答が2校(4.7%)、「どちらかといえば不適切」が1校(2.3%)で、「どちらともいえない」としたのは6校(14.0%)であった。「適切」及び「どちらかといえば適切」という肯定的評価の比率は、2007年が75.6%、2008年が76.8%、2009年が90.6%、2010年が73.8%、2011年及び2012年がともに76.5%、2013年が85.1%、2014年が84.8%であり、本年は、2009年、2013年、2014年に次いで肯定的評価が多い年となった。また、「適切」との評価の比率は倒産法(57.4%)に次いで高くなっているが、「どちらかといえば適切」の比率が若干少なくなったため、「適切」と「どちらかといえば適切」を合わせた回答の比率は選択科目全体における比率とほぼ同様となっている。
問題の内容についてみると、第1問は、実態として労働者派遣を行っていた業務処理請負会社の労働者と派遣先会社との直接の労働契約関係の存否、及び派遣先会社による労働者派遣契約解約を理由とする期間途中の派遣労働契約の解約ならびに期間満了時の雇止めの可否等を問うたものと思われ、第2問は、基本給の引下げを内容とする労働協約の効力いかんを組合規約違反の問題とも関連させて論じること、及び組合内少数派によるリボン闘争を理由とする懲戒処分に対する救済手段を検討すること等を求めたものと思われる。
これら両問を通じたコメントとして、肯定的に評価した回答において挙げられている理由としては、基本的であるとともに重要かつ現代的な論点が取り上げられていること、最近の重要な判例の理解をベースにした出題となっていること、個別的労働関係法と集団的労働関係法の双方が取り上げられていること、法的ルールに照らした事案の分析を行うことが求められていることなどが目立っている。
他方で、肯定的な評価の回答中のコメントも含め、解答すべき内容がやや多いとの指摘がいくつかみられた。また、消極的評価を含む回答においては、第1問に関し、改正法案が国会に提出されている労働者派遣法に関わる問題を出題することの適否を問う意見や、職業安定法に言及する必要はないとの指示(同法が司法試験用法文登載法令に含まれていないことによるものと思われる)が付されていたことによる混乱のおそれを指摘する意見、やや難しい問題であるとの意見があった。その他、事実関係において就業規則の周知等に言及されていないことを指摘する意見もみられた。
以上を総合すれば、本年の問題の内容と難易度は、例年と同様に適切なものとして良好な評価を行うことができるものと考えられる。労働者派遣法に関わる事案の出題については、同法が頻繁に改正されていることから様々な評価がなされうるが、本年の問題の解答に当たっては、最近の改正をめぐる議論をフォローしておくことは求められていないといえよう。
(6)租税法
回答を寄せた31校のうち、13校(41.9%)が「適切」、12校(38.7%)が「どちらかといえば適切」、5校(16.1%)が「どちらともいえない」と回答し、「どちらかといえば適切でない」が1校(3.2 %)、「適切でない」と回答したものはゼロという結果であった。無回答が40校、56.3%と過半数に及んでおり、昨年同様、他の選択科目と比べて率が高いのが気にかかる。本年は、「適切」と「どちらかといえば適切」を合わせると80.6%となり、昨年の73.67%に比べるとさらに高い評価となった。
「適切」であるとした回答に付記された意見を見ると、「租税法の基本概念を中心に事例問題で応用力を問う良問であったと考える。」、「段階を踏んで条文とその趣旨を理解できるかを問うているため、良問であると思う。難易度も設問毎のバランスが取れていると思う。」、「学習範囲内でよく考えさせる問題である。」、「基本的な論点について、適切な分量で出題されております。」、「事実関係はやや複雑であるが、基本論点を問う内容となっている。」、「判例への目配りを求めている点、源泉徴収の法律関係という手続法の問題にも触れている点などを高く評価した。」等、高い評価がされていることがわかる。他方、「所得税に出題が偏りすぎている面はある。」、「法人税法の比重を高めてもよいように思います。」、「3時間で良い答案を書かせるのには、やや分量が多いのではないかという点は、気になっている。」との意見も寄せられた。
「どちらかといえば適切」との回答に付記された意見の中では、「設問の内容は適切と言えるが、問題文が長すぎるので、もう少し簡潔にするべきである。」、「給与所得を巡る論点に問いがやや集中し、問題文が若干冗長であるという印象が残る点については、改善の余地があるように思われる。」、「良問であるが、2問とも勤労性所得に関係しており、少し偏っているかもしれない。」、「所得分類を問う観点からは1問目と2問目がかなり似通っており、昨年度よりも出題範囲が狭まった印象を受ける。」、「第1問と第2問が類似した問題である。」と、問題の偏りについての指摘が多くみられた。
また、「どちらかといえば適切でない」あるいは「適切でない」との回答に付記された意見の中にも、「第1問と第2問とがかなり近接した問題を問うており,租税法全体の理解を測るためにこれで適切と言えるか,疑問がある。」、「法人税の本質に迫る設問があればよい。」、「範囲に偏りがあり内容も平易であるが、司法試験の選択科目としてはやむを得ないのかもしれない。」、「本年度の試験問題は、第1問は所得区分、第2問は源泉徴収の要否と出題された論点は異なるが、勤務関係を前提に支払われる給与等の課税関係を問う出題という点では内容が重複している。」との指摘がみられた。
本年度の租税法の問題は、租税法の基本概念を中心に事例問題で応用力を問う良問であるという観点から、概ね高い評価がなされている。手続法の問題にも触れている点でも積極的評価がなされているが、他方、法人税の取り上げ方が不十分であること、出題範囲にやや偏りがあるとの指摘もみられた。今後も法科大学院での教育課程にあった安定した出題が望まれよう。
(7)倒産法
無回答24校を除く47校中、「適切」と答えたのは27校(57.4%)、「どちらかといえば適切」と答えたのは16校(34.0%)、「どちらともいえない」は3校(6.4%)、「どちらかといえば適切でない」は1校(2.1%)、「適切でない」は0校(0.0%)である。なお、無回答が24校(33.8%)あり、必修科目に比べて無回答の数が多いが、この傾向は他の選択科目にも共通して見られる点である。
「適切」と「どちらかといえば適切」との回答を合わせると、43校(91.5%)である。この数字は、一昨年が43校(86.0%)、昨年が37校(74.0%)であり、昨年度に比べ、17.5ポイントの大幅な上昇となった。この数字を見る限り、倒産法に関しては、多くの法科大学院が、論文式の試験問題の内容については評価しているといえる。そして「適切」と回答した法科大学院の割合は、選択科目の中では最高であった。
次に自由記載欄からみると、「適切である」と回答したものの中には、「事例形式であり、設問も具体的措置を問う内容となっている」「論ずべき問題点の把握に困難はなく、条文や裁判例を的確に理解していれば解答ができるよい問題」「判例百選に掲載されている裁判例を基にし、かつ、契約条項等を具体的に示した上で検討させる問題であり、司法試験の理念に即した良問」「理論と実務の両面からの考察を求める良問」「判例及び条文の理解の知識共に、バランスがよい」「比較的オーソドックスな論点に関する問題」「法科大学院における基本的な判例集である倒産判例百選に掲載されて事案を用い、かつ、基本的な事項を問うことからはじめ、応用に至る論点も網羅されており、学生の基本的な学力とその応用力を確認することに優れている」「第1問の両設問は、重要判例を素材として破産法の基本問題に属する良問」「第2問・設問1も、再生法上の担保権消滅請求の制度趣旨についての基本的知識を前提に考えさせる良問」「第2問・設問2は、どちらかといえば倒産実務上御問題であるが、民事再生法の台頭条文とその基本的知識等を踏まえてよく検討・分析すれば十分に対応が可能であったと推察され、その意味で、本年度の問題は、司法試験の問題として極めて適切な良問」「典型的な論点ではなく、異本から考えて解答させる問題であり、倒産法の理解を試す問題として適切」「破産と民事再生からバランスよく出題されており、近時の基本的な判例を題材としつつも応用力の問われる問題」「各問とも真剣に学んだ者であれば解答できる問題」「法科大学院での学習内容の中心をなす条文及び判例についての学習が生きてくる問題」「重要判例の事案について、多様な法律構成の可能性を問う問題」といった高評価がなされている。
「どちらかといえば適切である」と回答したものの中には、「内容問うほぼ適当と考えるが、これ以上、再生手続に比重がかからないように望む」「昨年、一昨年のような実務的に余り問題にならず、また学生が学習しないような問題の出題はなかった」「基本的知識が問われているだけでなく、応用力も見られる良問だと思うが、担保権に関する者の比重が若干高い気がする」「基本的な問でよいと考えるが、前年の新傾向の問題の出題と大きな落差がある点で、安定的な出題とはいえない」「第1問は問われている内容は基本的かつ重要な問題であり、実務処理においてもよく起こりうる内容であるため、授業においても学生の理解を深める必要がある内容と考えられ適切」「第2問は、問おうとしている内容は重要なものと思うが、設問自邸がやや現実感に乏しく、かつ、分量も多いと考えられ、授業において言及しきれない内容を多く含んでいるように思われやや適切を欠く」「第1問第2問共に基本的な理解を問う点では法科大学院での教育内容に沿った出題であろう。ただ、第1問は近時の最高裁判例に関する知・不知が解答に大きく影響する点や第2問は問題文が長すぎる点にいささかの疑問が残る」「例年どおりの出題傾向であり、判例条文の理解を基礎として応用力を問う問題であったが、やや難しかったようにも思う。」といった回答が寄せられた。
「どちらともいえない」との意見の中には、「第2問の説明が長すぎる。」「第1問は比較的基本的な問題であり、適切な出題であると思われるのに対して、第2問は2つの小問がいずれも狭い問題点についてのみの出題であり、民事再生法の基礎的な理解を問う問題として適切とは言いがたい」との回答があった。
「どちらかといえば適切でない」と解答した大学院は1校あったが、「設問は、いずれも倒産処理法の基本的事項であり、問題としてこれらの事項を取り上げたことは妥当である。しかし問題文が長すぎ、受験生の負担が大きい。また、第2問の設問2は、問題を特殊な事情をもって設定しており、これでは、倒産処理法の全体像の正確な理解を判断しがたい」
「適切ではない」と回答した法科大学院はなかった。
(8)経済法
経済法について、回答のあった法科大学院は40校(66.355.7%。昨年より2校の減少)で、無回答は31校(43.7%)であった。
問題が「適切である」と評価したのは20校(50.0%。昨年より5校の減少)で選択科目の中で平均的な数字である。「どちらかといえば適切である」と評価したのは15校(37.5%。昨年より6校の増加)で、肯定的な評価をした法科大学院の数は35校で、回答のあった法科大学院の87%超を占めた。これは選択科目全体の平均値の79.9%を7ポイント上回っており、倒産法に次ぐ高い数字である。他方、「適切でない」との回答は昨年に引き続いて0校で、「どちらかといえば適切でない」との回答は2校(5.0%)で昨年より1校増加した。なお、「どちらともいえない」との回答は3校(7.5%。昨年より4校の減少)であった。
「適切である」、「どちらかといえば適切である」とする回答は、独禁法の基本的知識と基本的な要件の当てはめを問うオーソドックスな問題で、法科大学院における教育内容に即した経済法の学習成果を量るのに適切な問題であり、問題の分量も適度であることを肯定的に評価する理由としてあげる。
問題のレベルについては、「どちらかといえば適切である」とする回答にやや難度が高いことを指摘する意見もあるが、全体的にはよく練られた適切な問題であるとの意見がほとんどであった。
個別の意見としては、事実から法令上の要件を抜き出して適用する能力を問う司法試験問題としては適切だが、経済法的な思考能力・問題解決能力を問う問題としては不十分であるという意見や、司法試験問題という制約の中ではよく練られた問題であるが、そもそも短い問題文で経済法の問題を解かせることに限界があるとの意見があった。
(9)国際関係法(公法系)
回答40校中、適切と評価するもの7校(17.5%)、どちらかといえば適切であるとするもの20校(50%)で、積極的に評価するものが67.5%となっている。他方で、適切ではないという評価はなかったものの、どちらかといえば適切でないとするものが7校(17.5%)に増えており、そのほかどちらともいえないとするものが6校(15%)あった。昨年度と比較すると、判断を保留する評価がほぼ横ばいで(17.1%から15%)、積極的に評価するものの割合が昨年度から引き続き減少する一方(75.6%から67.5%)、その分、消極的な評価が増加した(7.3%から17.5%)といった点が今年度の特徴である。
第1問は、軍艦の無害通航権、私的武装集団の行為に起因する国家責任の帰属、集団的自衛権のような武力行使の正当化事由など、第2問は条約の国内適用可能性、一方駅行為の国際法上の意義、政府承認の要件など、それぞれ国際法上の基本的な論点が問題内容となっている。設問それ自体は「個別具体的な条文解釈を求めながら、同時に国際法の基本的な問題について考えることを求めており」、「現実的な事例で基本的な論点」を問うものとして適切であったとの意見がある。「どちらかといえば適切である」とした評価でも、「事例内容はやや込み入っているが、国際法原則に関する多角的理解がバランスよく問われている」、「古典的かつ時事的問題であり、必ず講義内で触れられる(べき)論点で‥‥根拠条文もはっきりしており、受験生にとっても普段の勉強の成果が問われるという意味で良問である」、「幅広い分野の理解を問うもので、難易度もおおむね妥当」といった肯定的な意見も見られた。他方で、積極的な評価とするものでも、「問題文中の事実は、受験生が短時間で理解し解答することを考えると、やや複雑すぎる」という声もある。第1問の問3について、「甲国の想定される反論のうち、どこまで触れることが求められているのか、やや判断に迷いを生じさせる問い」であり、「ただ単に自衛権行使の要件の適否だけでなく、甲国のとった措置の正当性又は違法性阻却事由‥‥にまで触れることが求められているとすれば、かなり深い内容が必要」であるとか、「論点が多岐にわたり、記述内容も多くなる」という懸念や、第2問について「仮想事案は工夫して作成してあると思われるが、問いに引きずられてやや回りくどく感じる」というのはその例である。「設例は一見複雑に見えるが、十分勉強していれば、小問の指示を通じて論点を的確に整理して解答することができる」という好意的な意見もあるが、事案の複雑さに加えて、「やや難易度が高いようにも感じられた」というのが、問題の適切さを肯定する評価が減少した一因であろう。
この点は、問題が適切ではないと評価した理由にも表れている。「枝問が多すぎる」、「問題が複雑で、難しすぎる」、「事実の設定が過度に複雑で錯綜している」、「受験生にとって意味が読み取りにくい、あるいは複数の解釈の可能性がある問いかけが多い」というのがその代表例である。より具体的には、第1問に関して、甲国の政府の声明の必要な措置の中身を機雷封鎖や阻止行動、武力による攻撃破壊というように特定したほうが受験生にとって通過通航、強化された無害通航、軍艦の領海通航など個々の議論に集中しやすくなったはずとの指摘もある。また、「時事的問題を取り上げた点は評価するが、第1問が集団的自衛権、第2問が武力紛争法というのは、‥‥問題に偏りがある」、「2問とも一見して有事(戦争)絡みの問題であり、バランスを欠いている」、「特に第1問については法曹実務で求められている国際公法の知識とは乖離している」というように、設例の対象が適切だったか疑問視する向きもある。結局のところ、「第一問も第二問も、現代的な国際穂上の問題が含められており、主題として概ね妥当であるが、それだけに受験生は何を想定して書けばよいか迷ったのではないか」ということがいえ、これは作問だけの問題ではなく、翻って、「これにしっかりと答えるだけの指導が法科大学院の国際法教育においてどれだけなされているか」という疑問を法科大学院側につきつけることになっている。
そのほか、設例を複雑化した弊害からか、事例中の出来事の時間的経緯につい不統一なところが見られたり(第1問について、原油生産施設破壊作戦は2013年秋で、乙丙間の安保条約の締結は「後に」とされ、丙国の空爆は一か月後とされている)、事実に不明確なところがあったり(第1問で、Y連盟の軍事拠点が乙国内にあるのか、甲国内に訓練基地があってそこに撤収したのかなど)、さらに法的評価が必要な事実かどうかが微妙な行為が含まれていたり(第1問で、Z軍部隊の行動開始の情報を乙国から入手したということにどのような意味があるのかなど)する点も設問の適切性にマイナス評価が与えられる原因であろう。受験生の立場からすると、第2問で、あまり見慣れない「上級軍人」という言葉を使うことも気になるところである。事実や用語は受験生から見てわかりやすく理解しやすいものでなければならないことは当然である。
以上、いくつかの点で改善すべきところがなお残されているということは言えるであろう。事実関係の複雑さや論点の多さから難易度は昨年より一層増しているという印象を与えており、これを反映して、今年度の問題について否定的な評価が増えていることに出題者にはぜひ留意していただきたい。例年と同じく繰り返しになるが、作問に関する出題者の努力には敬意を表するとともに、上記の課題を考慮に入れつつ、オーソドックスな事例問題を通じて、国際法の基本的知識に関する理解力、分析力および応用力を把握するような出題傾向が今後も維持されていくことを期待したい。
(10)国際関係法(私法系)
国際関係法(私法系)についての38校の回答のうち、適切と評価するものが20校(52.6%)、どちらかといえば適切であるとするものが12校(31.6%)となっており、積極的に評価するものが84.2%となっている。他方で、どちらともいえないとするものが5校(13.2%)、どちらかといえば適切でないとするものが1校(2.6%)、適切でないとするものはが0校(0%)であった。
こうした割合を昨年度と比較すると、どちらかといえば適切であるとするものは若干減少したものの(36.3%から31.6%)、適切と評価するものが大幅に増加したため(35.0%から52.6%)、積極的に評価するものが全体として増加する結果となっている(71.3%から84.2%)。他方で、どちらともいえないとするもの、どちらかといえば適切でないとするものは減少しており(それぞれ、17.5%から13.2%、10.0%から2.6%)、昨年度は存在していた適切でないとするものも、今年度は無くなっている。すなわち、昨年度に比して、より高い評価が与えられていると指摘できよう。
具体的な評価としては、一部の回答を除いて、昨年度と同様に、第1問、第2問ともに国際私法に関する基本的な知識・能力を問うものであったという点、出題範囲のバランスの良さという点に、概ね高い評価が与えられている。ただ、問題の質・量について、相互に関連がない小問を積み上げるのではなく、じっくり総合的に考えて解答するような設問を望む声が一部にあることも見逃せないであろう。
また、昨年度と同様に、今年度においても、一部の設例や設問につき、実務上ほとんど想定され得ないものであることにつき、批判がある。特に第1問については、夫婦財産制について問うこと自体には問題はないとしても、夫婦財産制の準拠法についての合意や夫婦財産契約そのものの締結が実務上ほとんどないという事実に鑑みたとき、この点に的を絞った出題につき、その適切性という観点から複数の批判があった。
さらに、昨年度と同様に、実務的な視点がより一層取り込まれるべきであるという観点からの評価あるいは批判が散見されたことも指摘できよう。
以上、積極的な評価が大多数を占めたことは前提にしつつも、しかし、(積極評価の立場をも含め)改善を求める意見が少なからず存在しているという事実をも勘案しながら、今年度に関する上記の指摘、特に、設例の現実性や適切性という点における改善要請を十分に参考にしつつ、国際関係法(私法系)についての基本的な知識・理解を問うという枠組の下での適切な出題がなされることが、今後も期待される。
(11)環境法
回答を寄せた71校のうち、無回答が35校(49.3%)である。したがって、それを差し引いた36校のうち、「適切である」と回答したのが16校(44.4%)、「どちらかといえば適切である」が14校(38.9%)、「どちらともいえない」が5校(13.9%)、「どちらかといえば適切でない」が0校(0%)で、「適切でない」が1校(2.8%)であった。「適切である」と「どちらかといえば適切である」を合わせると83.3%であるから、回答を寄せた35校の中では、かなり高い評価を得たということができよう。昨年と比べると、「適切である」と回答した学校が3校減り、無回答校が3校増えている。無回答校がこれだけあるなかでの3校の増減は軽視できない。
今年の各校の意見をまとめるのは、たいへん難しい。一見類似した意見でも、よく読むと少しずつズレているようでもある。たとえば、「適切である」と評価した学校の意見の中に、バランスがとれているという意見が2つ見られるが、片方が公法と私法のバランスであるのに対し、もう片方はバランスという語がオーソドックスという語と対で使われており、それぞれの意味が必ずしもはっきりしない。行政法上の責任と民事法上の責任がともに扱われているところを評価する意見は、「どちらかといえば適切である」のグループにも見られる。したがって、おそらく公法と私法のバランスがとれているという点は、例年と同様に、広い範囲で高く評価されているものと推察される。
オーソドックスという語を用いている法科大学院が「適切である」のグループにもう1校あるほか、「奇をてらうことのない」という表現を用いているところが同じグループに1か所ある。その趣旨としては、廃棄物も土壌汚染も重要分野であるというだけのことに留まらず、近時の著名事例や典型事例が素材として用いられていることを指しているようである。それはたしかにそのとおりで、これも評価されてしかるべきことではある。しかし、廃棄物処理法の問題に関しては、論点が複雑になり過ぎているとの批判が、「適切でない」のグループのほか、「どちらかといえば適切である」のグループにも見られることが気にかかる。
第1問と第2問の関係について、両問の出題分野が近いのではないかという指摘が複数あった。作問者の意図はいざ知らず、たしかにどちらの問題も土地の汚染に関係しているという点では同じであり、似たような雰囲気を漂わせていたのかもしれない。そこのところに辛口の評価が続くと、限られた範囲から2問ずつ用意していかなければならない作問者としては、苦しいことになろう。
なお、今年は法政策の側面が従来と較べて希薄ではないかとの指摘があったことと、環境法という分野の性格上、2つの問題のどちらかは社会の環境管理としての「望ましい姿」などを問うものにしてほしいとの希望が表明されたことを最後に記しておく。
以上。
司法試験等検討委員会委員(50音順、本報告書作成に関わった委員のみ)
小幡 純子(上智大学) 加藤 克佳(名城大学) 角田 雄彦(白鴎大学)
交告 尚史(東京大学) 酒井 啓亘(京都大学) 高橋 直哉(中央大学、主任)
幡野 弘樹(立教大学) 早川 徹(関西大学) 早川 吉尚(立教大学)
三上 威彦(慶応義塾大学) 山川 隆一(東京大学)
※割合計算の結果、各合計が100%とならないことがあります。