所感「法科大学院を取りまく現状について」

法科大学院協会総会(2008年6月7日)
法科大学院協会理事長 青山善充

1 現状の認識

法科大学院制度が始まって4年が経過しました。この間に3回修了生を送り出し、新司法試験の結果も2回発表され、2年間で全国の法科大学院から合計2860名の新司法試験合格者を出しました。この数字は、この間の旧司法試験合格者(約900人)の3倍を越えています。このことから言えば、法曹の給源は、着実に法科大学院修了生にシフトしつつあり、法科大学院は司法制度改革の先兵、トップランナーとしての役割を十分に果たしています。このことを、法科大学院関係者は誇って良いと思います。

しかし、このところ、平成22年に司法試験合格者を3000人にするという目標に対して、新司法試験合格者は質が低下しているなどの理由で、一部の政治家や一部の弁護士会が声高に反対を唱え始めています。

この事態をどう見るべきか。私は、これだけ大きな司法制度改革を成し遂げようというのですから、反対の声が出るのもある意味で当然であり、目先の現象に一々過剰反応する必要はないと思います。しかし、他面、3000人は閣議決定を経た既定方針だから、何も心配することはないという「鈍感力」を発揮していればよいか、といえば、それも違うと思います。丁度10年前から始まった司法制度改革についても、「初めは焚き火だと思っていたものがいつの間にか山火事になった」と評されることがあるように、法科大学院に対して今行われているマイナスキャンペーンが、一旦大きなうねりとなってうねり出すと、その狂瀾を既倒に回らすことはきわめて困難になるだろう、というのが私の認識です。

したがって、ここは過剰反応でも、鈍感力の発揮でもない、慎重で地道な対応が必要ではないかと思います。

2 対応の具体策

具体的には、どのような対応か。起死回生の奇策があるわけではありません。平凡な正攻法で臨む以外にはありません。一言で言えば、①法科大学院が司法制度改革および高等教育改革のトップランナーとして、これまで果たしてきた成果を積極的に社会にPR、発信すること、②他方で、新しい制度の発足に伴いがちな「初期誤作動」とでも言うべきものがあるとすれば、それを徹底的に自己点検してその改善を目指すこと、であると考えます。

(1) まず、社会への法科大学院の活動成果の発信という点ですが、法科大学院は旧司法試験受験者とは異なる資質・能力を持った修了生を社会に送り出していることを、あらゆる機会を捉えて社会にPRすべきであると思います。企業法務や官庁や自治体の関係者と法科大学院側が一堂に会して、どのような人材がほしいのか、養成するのかを協議し、これを積極的にマスコミに公開すること等も一つのアイデアでありましょう。

法科大学院はこれまで草創期でした。波の穏やかな港の中を走っていた。しかし、5年目を迎えた今はもはや草創期ではありません。船は港の外に出て荒波が両舷を洗うようになった。法科大学院もそういう時期にさしかかったのです。昔から「創業は易く、守成は難し」と申します。今後は、自己の存在とその活動成果について積極的に社会に発信し続けなければ、いつか社会の耳目から埋没してしまうおそれがあります。情報の発信は、法科大学院協会の仕事でもありますが、協会は決して護送船団ではありません。究極的にはそれぞれの法科大学院の生き残りを賭けた戦いにほかならないことを認識して頂きたいと思います。

(2) 次に、さらなる改善のための自己点検ですが、入口から出口まで沢山の課題が山積しています。ここでは、自己点検の指標ともいうべきものを思いつくままに述べてみます。

第1に、入学者選抜の問題として、各法科大学院は、その厳しい教育に耐えられる資質と能力のある者を厳選して入学させているでしょうか。もし、定員割れを恐れて、教育に耐えられない学生まで入学させているとすれば、学生をコマーシャリズムの生け贄にしているにほかならないことを、各大学設置者とともにわれわれ大学人は、もう一度肝に銘ずる必要があるのではないでしょうか。

第2に、各法科大学院は、普段の授業において、それぞれの大学の教育理念にしたがって、濃密で質の高い教育を実現しているでしょうか。授業評価等によって学生の生の声に耳を傾け、FD活動によって教員の教育力を高める努力は、果たしてどの程度できているでしょうか。

第3に、修了者に要求される高い能力水準を確保するために、厳格な成績評価と修了認定を徹底しているでしょうか。GPAによる進級、修了要件の導入は有力な手段といわれていますが、各大学院では、果たしてそれをしているでしょうか。今、世間から法科大学院は修了要件が甘いのではないか、粗製濫造ではないか、と言われ出していますが、粗製濫造でないとすれば、われわれの側でも、決してそうではないことを反証すべきではないでしょうか。

第4に、修了生や司法試験合格者が就職できないという声に対してどう対処するかです。それは学生の自己責任だと放置しておいてよいものでしょうか。彼らの活動分野の拡大に、われわれは、できる限りの努力を払うべきではないでしょうか。そもそも、これまで「法曹養成に特化した専門職大学院」という場合の「法曹」について、われわれは、裁判所で仕事をする法曹三者を過度に強調してきたように思います。それが、学生にも反映して、企業法務や官庁、自治体で働くインセンティブを殺いできたのではないか、を反省する余地があるのではないでしょうか。

(3) 以上、少し長くなりましたのは、制度発足から4年を経過した現在、もう一度、司法制度改革の理念に照らし法科大学院の現状を直視する必要があるのではないか、と思ったからです。法の支配を社会の隅々にまで行き渡らせ、司法の恩恵をあまねくすべての人々が受けられるようにしようという司法制度改革の理念に立ち返って、そのために質の高い法律家を社会に送り出すためには、各法科大学院として、あるいは、法科大学院協会として、今何をなすべきかを、それぞれの大学で、様々な機会を捉えて徹底的に議論して頂きたいと思うからであります。

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