教育による法整備支援
ベトナムの大学教員になって
弁護士、元日本法教育研究センター特任講師 杉田昌平
杉田昌平 弁護士、元日本法教育研究センター特任講師
1985年生まれ。2010年慶應義塾大学法科大学院修了。名古屋大学大学院法学研究科研究員、慶應義塾大学大学院法務研究科・グローバル法研究所(KEIGLAD)研究員、ハノイ法科大学客員研究員、センチュリー法律事務所弁護士。2015年~2017年日本法教育研究センター(ベトナム)に赴任。
はじめに
私は、現在、ハノイ法科大学に設置された日本法教育研究センター(ベトナム)(以下「CJLV」といいます)で執務しています。ハノイ法科大学は、ベトナム、ハノイ市に所在する単科大学で、ベトナムの司法省に帰属する大学です。CJLVは、名古屋大学とハノイ法科大学が協定により設置した教育研究機関で、CJLVには、ハノイ法科大学の1年次から4年次に在籍する学部生が約80名所属し、日本語と日本法を勉強しています。
これまでの経歴
2011年12月に司法修習を終え、同年12月から3年間、東京都にある法律事務所で執務しました。その後、2015年1月からアンダーソン・毛利・友常法律事務所に所属し、同事務所に所属したまま、同年6月から名古屋大学の特任講師となり、ハノイ法科大学に派遣されています。
私は大学生のときベンチャー企業に対する強い憧れを持っていて、ベンチャー企業でインターンシップをし、自分でベンチャー企業のまねごとのようなことをしていました。大学に入って3年程度ビジネスをすることに夢中になっていましたが、お金を第一に活動する一部の企業や人を間近で見て、どうやら自分にはお金のみを第一に生きるのは性に合わなそうだと感じ、公益とビジネスを両立できないか考える中で、弁護士を志望するようになりました。
最初に所属した法律事務所では、事業再生という分野を中心に執務しました。事業再生は、窮境に陥った事業を再生させ雇用や社会的資源を守るという意味で公益性があり、また、同時にビジネスや資金繰りという経済活動の実際に迫ることができ、まさに志望したとおりの仕事ができました。また、新興国での法整備支援に感心を持ち、日弁連国際交流委員会に所属し、アジア地域(ベトナム・モンゴル)に対する法整備支援を末端で手伝っていました。
そのような中、縁あって現在所属するアンダーソン・毛利・友常法律事務所に移籍することになりました。同事務所で執務を始めてからアジアの法曹と交流することが増え、実際に現地に行って仕事をしてみたいと強く思うようになった頃、現在のポストを見つけました。事務所にベトナムに赴任したい旨相談したところ、私の我がままを理解していただき、赴任することを了承してもらいました。
現在の仕事の背景
私が行っている仕事は、法整備支援といわれる事業の文脈にあります。法整備支援とは、開発途上国が質の高い発展をする上で必要となる法制度の構築につき、法律実務家や行政官に対する能力強化、法の起草に関する技術支援、法律に関する教育等を行うことをいいます。日本ではこれまで、個人の法律家、日弁連等のNGO、そしてICDやJICA等の政府機関がアジア地域を中心に法整備支援を行ってきました。
名古屋大学では法整備支援という言葉が一般的に使われていなかった1990年代に、民法の森嶌昭夫教授がベトナムに日本の民法を紹介する等、これまで20年以上に渡り法整備支援に関する研究及び実践を行っています。現在、名古屋大学では拠点ごとに機能は違いますが、7ヶ国8都市にCJLVと同様の拠点を開設し、法整備支援の一環として教育又は研究を行っています。
現在の仕事の内容
私の現在の仕事の内容は、法学に関する教育が仕事の主要部分になるわけですが、ベトナムで、「日本語で日本法」を教えているというと、多くの方に驚かれます。私も赴任前は半信半疑でしたが、私が主として教える3年生と4年生は、もちろん完全にではありませんが、日本語で日本法を学ぶことができます。
CJLVの学生は、1、2年次に日本語を重点的に学び、並行して2年次後期から徐々に社会科学の科目を学び始め、3、4年次では日本の法律について学びます。この課程の中、私は、2年生の後期に「日本史・公民」を、3年生に「日本の法システム」を、4年生に民法を中心とした「日本法」を教えています。
また、各センターの学生は3年次に、日本法と現地法の比較からなる論文を執筆します。この論文指導や、4年生が卒業後日本に留学するための研究計画の作成指導も行っています。
法のつながり
教室では、私は法学の講師であり、自分がこれまで学んできたことに基づいてベトナム人の学生に日本法を教えます。ですので、もちろん、法とつながりがあるものです。
ですが、ベトナムという国と日本法の間のつながりを考えるのは簡単ではありません。「ベトナム人が日本法を学ぶ意義はどこにあるのか」というのは答えるのが難しい質問です。もちろん、日本法がベトナム法より相対的に優れているからではありません。ベトナム法をより良く理解する素材として日本法を教えるのですが、それでも、なぜ日本法なのかという疑問は残ります。「アジアという共通の文化基盤を有し、大陸法という同一の法系に属する先進国の法制度を学ぶことに意義がある」、「ベトナムでは、日本法が参考にされ制定された法律があり、母法である日本法を学ぶ意義がある」、という一応の回答を用意することもできますが、それでも、日本法を学ぶ意義については明確ではありません。
日々模索する中で今感じているのは、法曹や司法制度を信頼できるということの意味を学ぶことができることに、一つの意義があるのではないかということです。裁判官や検察官が贈収賄に関与することがないと心の底から信じることができる司法制度を日本は有しており、これは誇れることだと思います。他方で司法制度を含めた透明性の確保という問題は、ベトナムを始めとする新興国では大きな課題として存在します。
良いとされる法律を制定しても、それだけで機能するわけではありません。援助対象国の実情を理解せずに押しつけるような立法をすれば、その法律は使われないでしょう。そして、何より司法制度に関わる人が重要であり、法律が適切に執行されるためには、関与する専門家の登用、執務において透明性が確保されていることが必要だと思います。もちろん、私自身は誇れるような人間ではありませんが(また、日本の司法制度が完璧だと言うつもりはありませんが)、私が抱く、日本の法曹及び司法制度への信頼を学生が感じてくれて、廉潔性の高い制度を国が持つ意味を考えてくれれば、学生にとって日本法を学んだ意義があるかもしれないと思っています。
結びに代えて
法整備支援に携わってみたいと思い現場に飛び込みましたが、話はそんなに単純ではありません。国の制度が透明で安定したものになるには、公務員の収入も安定しなければならないでしょうし、そのためには経済開発も必要で、徴税力も向上させる必要があり……と問題は複雑に関連しています。
この難問を目の前に、無力感を感じることもありますが、これまで多くの方が法整備支援をされてきたおかげで、ベトナムでは確かな希望を感じることもあります。今後もこの希望が大きく育つように、どのような形でも継続的に法整備支援に携われたらと思います。
この難問を解くには、今後も多くの方の努力と時間を要するのだと思います。読者の中から、この難問に挑戦しようという方が出てくるのを楽しみにしております。
法を勉強したのはどこですか?
大学・法科大学院、司法研修所及び職場です。
いちばん使っている法律は何ですか?
民法だと思います。
いま気になっている法律はありますか?
国際連合腐敗防止条約のように反汚職に関する法律です。
仕事は楽しいですか?
はい、とても楽しく充実しています。
法とは何でしょうか?
国や地域で承認された価値観に強制力を持たせたもの。
(法学セミナー2017年1月号4-5頁に掲載したものを転載)