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知財弁護士の仕事

弁護士・弁理士・ニューヨーク州弁護士 黒田 薫

黒田 薫
弁護士・弁理士・ニューヨーク州弁護士
京都大学理学部卒業、京都大学大学院理学研究科修了、慶應義塾大学法科大学院修了、バージニア大学ロースクール(LL.M.)修了。阿部・井窪・片山法律事務所(第一東京弁護士会所属)。

はじめに

 理学部で化学を勉強していた学生時代、弁護士になる将来の自分の姿など想像したこともありませんでした。弁護士登録をしたのは30代半ばで、若くして司法試験に合格したわけではありませんが、少し回り道をしてきたからこそ、現在の職場で充実した時間を過ごすことができているのだと日々実感しています。現在の私の弁護士業務の約7割は特許を中心とした知的財産関連案件で占められており、執筆やセミナー・研究会での発表、大学での講義のテーマはほぼすべて知財です。昔から知財弁護士になることを目指していたわけではないのですが、目の前に現れた課題や目標をクリアしていくうちに、ここにたどり着いてしまいました。今では、これが自分の天職だと考えています。

弁護士になるまで

 私は理学部に入学して化学を専攻し、大学院では生物物理分野の研究をしていました。法律とは無縁の学生生活でしたが、ふとしたことから理系の知識が活かせる弁理士という資格があることを知り、そこで知財関連法を学習するようになったのが法律との最初の出会いでした。理系の世界に浸っていた私には法律の勉強はとても新鮮なものでした。
 大学院修了後、特許事務所に就職し、出願業務の補助をしながら弁理士試験の勉強を継続しました。試験合格後は、弁理士として特許出願のための明細書を書く単調な日々が続きましたが、この時期に知財弁護士としてのキャリアに繋がるバックボーンが形成されたような気がしてなりません。その後に転職した現在の職場での期間も含めた8年の間に大量の出願明細書を作成してきました。専門である化学分野の発明に限らず、医薬品や機械などの発明にも接していくなかで、多様な技術分野についての理解力が深まり、雑学的専門知識として自分の中にストックすることができたように思います。特許訴訟では、問題となる製品や方法が特許発明の技術的範囲に入るかどうか(侵害論)、あるいは特許発明が既に公知の技術であったなど、当該特許に無効理由があるかどうか(無効論)が主たる争点となる場合が多いのですが、相手方と論争する上で、製品技術あるいは特許技術の正確かつ深い理解は本質的な要請です。若い頃に様々な技術分野で出願業務を経験してきたおかげで特許技術を迅速かつ正確に理解する能力を身につけることができたように思います。また、出願業務には徒過することが絶対に許されない期限が数多く存在し、多くの仕事を同時にかかえて胃が痛くなる経験を積んできたことから、クライアントの依頼に対しスピード感をもって仕事を行う良い習性を若い頃に身につけることができたのも貴重な財産となっています。
 特許事務所でしばらく働いたのち、知人の誘いを受け、現在の所属先でもある阿部・井窪・片山法律事務所に転職しました。ここの特許部で出願業務を継続するのと同時に、補佐人として特許侵害訴訟業務にも関わるようになりました。ここで、初めて準備書面を起案することになったのですが、準備書面は明細書とは文書の目的や内容が全く異なり、裁判官に理解して頂けるように噛み砕いて説明すると共に、論理の飛躍がないよう細心の注意を払う必要があります。事務所のシニアパートナーの弁護士の先生からマンツーマンで厳しく書面の書き方のご指導を受け、法律家としての文章の書き方の基礎を徹底的に叩き込まれました。ここでの厳しいご指導は、法科大学院での学生生活、司法試験受験、そして現在の業務において非常に役に立つこととなりました。
 弁護士の先生方と一緒に仕事をさせて頂き、法律業務への関心が日増しに高まっていくなか、日本でも法科大学院が開校される運びとなりました。法科大学院への進学を希望したところ、事務所の皆様のご厚情により、事務所に籍を置いたまま学生生活を送らせていただくことができ、周囲の方々に様々な面で助けていただきながら、無事、法曹資格を得ることができました。弁護士登録をしてからは、多様な案件に関わりながらも、やはり知財関連の仕事を多くこなしてきました。

アメリカ留学

 アップル対サムソンの訴訟の例を挙げるまでもなく、特許を巡る紛争はグローバルに展開していくことが多く、仕事の幅を広げていくために英語での実務能力は必須です。弁護士登録をして2年目の2009年の秋頃に、事務所からアメリカ留学の打診を頂きました。日本の法科大学院からアメリカ留学まで全面的にバックアップしてくださる事務所に対して感謝の気持ちでいっぱいでした。留学中は、1年間のロースクール生活を終えた後、ワシントンDCにある米連邦巡回控訴裁判所(CAFC)のレーダー首席判事(当時)のオフィスでインターンとして半年、シカゴのKirkland&Ellisという法律事務所でVisiting Attorneyとして半年間働きました。CAFCは日本の知的財産高等裁判所に相当する裁判所であると考えられていますが、実は知的財産権と全く関係のない行政事件も数多く取り扱っています。CAFCでは、毎日のように様々なLegal Memoを作成し、密度の濃いLegal Writingの経験を積むことができました。Kirkland&Ellisでは特許部門に籍を置き、日本関連の案件を中心にお手伝いをさせていただきました。ここでは、アメリカの証拠開示手続であるディスカバリーに伴う諸作業も経験することができ、とても有意義な日々を過ごすことができました。また、よく言われることですが、アメリカの弁護士は専門化が進んでおり、特許法を専門とする弁護士はほぼ例外なく理系分野の学位を取得しており、博士号まで有している弁護士も少なくないことには驚かされました。そして、研修先の事務所の特許弁護士は専門分野以外の仕事は一切していないようでしたが、プロボノで弁護士としての公益活動をしている人も多く、この点は見習いたいなと感じました。しかし、帰国してから現在に至るまで日々の業務に忙殺され、そこまでの余裕はないというのが残念な現実です。

おわりに

 特許をめぐる紛争の帰趨は企業業績に重大な影響を与える蓋然性が高く、クライアント企業は常に真剣そのものです。そのような企業を代理することに重い責任を感じつつ、毎日の仕事に大きなやりがいを感じています。知的好奇心をくすぐられる素材に事欠くことなく、また、相手方の準備書面や書証を穴のあくほど読んで、技術的な矛盾点など解決の糸口を見つけようと試みることに喜びを見出すこともできます。これは他の法分野で経験することはできない知財分野特有のものだと思います。また、知的財産に関する国際会議は数多く催され、様々な国々の専門家との交流も大変盛んで、各国の最新判例あるいは新たに導入された諸制度等についての情報交換も頻繁に行われています。そのような場において日本に関する情報を正確に発信できることも知財弁護士として有用なスキルといえます。私は、毎日のように下される知財判例の内容を確認してデータベース化していくことを日々のルーティーンワークの一つとしており、併せて、英語の修練も怠ることは許されず、やらなければならない仕事と勉強に追われる忙しい毎日を過ごしていますが、いつまでも自己研鑽していくインセンティブに事欠かない人生は楽しいものです。

法を勉強したのはどこですか?
 主に法科大学院で勉強しました。
いちばん使っている法律は何ですか?
 特許法です。
いま気になっている法律はありますか?
 独占禁止法です。
仕事は楽しいですか?
 忙しいですが、色々な刺激があってとても楽しいです。
法とは何でしょうか?
人社会の不調和の調整弁といったところでしょうか。

(法学セミナー2016年1月号6-7頁に掲載したものを転載)

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