裁判官の職務について
仙台地方裁判所判事補 市野井哲也
市野井哲也 仙台地方裁判所判事補
2007年3月東北大学法科大学院卒業。同年11月司法修習生(東京)。2009年1月仙台地方裁判所判事補。2013年4月福島地方裁判所郡山支部判事補、2015年4月金融庁証券取引等監視委員会事務局(検事として出向)。2017年4月仙台地方裁判所判事補。
はじめに ロースクールと私
みなさんは裁判官のイメージはどのようなものをおもちでしょうか?
裁判官は、裁判をすること、つまり裁判手続を主宰し、判決という形で判断を示すことが基本的な職務になります。ただ、実際に裁判官がどのような裁判を行い、普段どのように仕事をしているかについてはご存知ない方も多いかと思います。
本日は、裁判の種類、裁判官の普段の仕事の様子のほか、私が裁判官を目指した理由や今の仕事のやりがいについてご紹介したいと思います。
裁判にはどのようなものがあるのか
裁判所では色々な種類の事件の裁判を行っています。ニュースなどで見聞きする機会が多いのは、刑事事件だと思います。刑事事件とは、検察官によって起訴された被告人が、起訴状に書かれた犯罪を本当に行ったのか、つまり、被告人が有罪であるか、無罪であるか、有罪である場合には被告人にどのような刑を科すのがよいか、を判断する裁判です。裁判員裁判という言葉を聞いたことがある方もいるかと思いますが、裁判員裁判はこの刑事事件の一つになります。裁判員裁判では、国民から裁判員を選任し、裁判員と裁判官が一緒に、被告人が有罪であるか、無罪であるか、有罪である場合には被告人にどのような刑を科すべきかを判断します。
また、裁判所では、お金の貸し借りに関する紛争や、交通事故で被害者が加害者に損害賠償請求をするといった事件など、私人間の権利義務に関する紛争についての裁判も行っており、民事事件と呼ばれています。民事事件は、身近で起こりそうな事件から、社会的に耳目を集めるような事件まで様々なものがあります。また、これに関連して裁判を起こす前段階で、権利保全のために財産の仮差押えなどの申立てをする保全事件や、裁判で勝訴後、その判決内容の実現を求めて申立てをする執行事件などもあります。これら以外にも行政機関による処分の取消しを求める行政事件などがあり、以上の事件は地方裁判所で取り扱っている事件になります。
さらに、裁判所では、家族間の問題、例えば離婚や相続などの紛争に関する裁判も行っており、家事事件と呼ばれています。これは家庭裁判所が取り扱うものになりますが、裁判官が判断を示す人事訴訟事件や審判事件のほかに、当事者間の利害調整を行い、話合いでの解決を目指す調停事件があります。また、家庭裁判所では、未成年者が犯罪を行った場合にその少年の処分を決める少年事件も取り扱っています。少年事件では、更生のために適切な教育を行える処分を決めます。
裁判官は裁判以外のときは何をしているのか
裁判以外のとき、裁判官は、執務室で裁判当事者から提出される主張書面や証拠書類などの読込みをして、裁判手続をどのように進めるか、事件の争点はどこにあるのか、その争点の審理をどのように行うべきかなどを検討したり、判決を起案したりしている時間が多いと思います。また、3名の裁判官で事件を担当する合議事件と呼ばれる事件では、合議体を構成する裁判官同士で事件の進め方や結論などについて議論をしたりしています。裁判がない日は、一日執務室にいることも結構多いと思います。
裁判は1人でするのか
事件を担当する際、裁判官が3名で担当する場合と、裁判官が1名で担当する場合があります。前者は合議事件と呼ばれるもので、後者は単独事件と呼ばれるものです。法律上、合議事件として審理することが定められているものもありますが、一般的には重大事件など、慎重な判断が必要な事件が合議事件として審理されることになります。裁判長はベテランの裁判官が務め、そのほかの裁判官は、裁判官に任官して間もない若手裁判官(裁判長の左側に座ることから左陪席裁判官と呼ばれており、通常主任裁判官として関与します)と、若手裁判官とベテラン裁判官の間くらいの経験年数の裁判官(裁判長の右側に座ることから右陪席裁判官と呼ばれています)で構成されています。合議体の構成員の意見の重みは同じであり、経験年数等に関係なく、対等に議論を行っています。なお、裁判員裁判では6名の裁判員と3名の裁判官の合計9名の合議体で審理・判断を行いますが、裁判員裁判でも裁判員と裁判官の意見の重みは同じです。
どうして裁判官になったのか
そもそも私が法曹を目指そうと思ったきっかけは、大学生の時に所属していた無料法律相談所での活動でした。自分が勉強している法律で人の役に立ちたいと思うようになり、弁護士を目指しました。その後、ロースクールに入学し、検察官にもなってみたいと思うようになりました。これは、当時、刑事訴訟法に興味があったこともありますが、ロースクールに派遣されていた検察官の実務家教員の先生の影響が大きかったと思います。
では、いつ裁判官になりたいと思うようになったのか、といいますと、これは司法試験合格後、司法修習生として民事裁判修習を行っているときでした。民事裁判修習では、実際の事件記録を検討したり、裁判を傍聴したり、裁判官と議論をしたりするのですが、この民事裁判修習は、私にとって裁判官がどのようなことを考え、どのように仕事をしているのかなどについて初めて実感として知ることができた機会でした。特に印象に残っているのが、民事事件では和解といって当事者が話合い、双方が譲歩し合うことで事件を解決する方法もあるのですが、当時、裁判官がどうすれば良い解決ができるのかということをいろいろと考え、悩み、当事者とも話をしながら探っていく姿を見て、事件解決のために当事者の立場ではないからこそできることもあるのだということに気づき、自分もその裁判官のようになりたいと思うようになったことがきっかけだったと思います。
裁判官の仕事の魅力は?
裁判は、当事者の方にとってはとても大きな出来事であり、その判断を示す裁判官の職責はとても重いものだと思います。事件について悩み、大変だと感じることもたくさんあります。ただ、この職責の重みは、一方では裁判官の仕事の魅力の一つでもあるのではないかと感じています。裁判官は、自分が正しいと思う判断を出すことができます。この判断をすることはとても責任が重いことではありますが、やり遂げられたときには大きな達成感があります。また、事件を通していろいろなことを学ぶことができ、そのなかで自分自身を成長させていくことができることも一つの魅力だと思います。
最後に
裁判官の職務や私が裁判官を目指した理由などについてご紹介しましたが、これから皆さんが進路を考えるうえでの一助となるものであれば幸いであると思っています。
(法学セミナー2015年5月号12-13頁に掲載したものを転載)