平成21年度教員研修の報告

平成21年10月 
法科大学院協会教員研修等検討委員会

【はじめに】 

 法科大学院協会教員研修等検討委員会は,平成21年度教員研修を,民事系教員研修については平成21年8月20日に,刑事系教員研修については同年9月8日に,いずれも司法研修所において実施した。教員研修は,司法研修所における司法修習の見学を内容とするものであるが,本年度からは,研修の機会に法科大学院教員と司法研修所教官との間の意見交換会を実施することとした。教員研修への参加者は人数が限られることから,とりわけ意見交換会の内容を各法科大学院に伝達し,多くの法科大学院教員が情報を共有することが有益であると考え,以下、主に意見交換会の概要を報告するものである。
 なお,参考までに,文末に,本年度教員研修の案内文を掲げた。

1 平成21年度教員研修の実施

 (1) 民事系教員研修については,参加申込み20名から参加者12名を決定し,法科大学院協会から記録係を含め3名が参加することとして,合計15名が参加した。研修は,平成21年8月20日に実施され,事前説明の後,12時50分より16時50分まで,参加者を5組に分けて,それぞれ5クラスの集合修習における民共演習2(弁論準備手続期日における争点整理手続)を見学した。集合修習見学の後,17時より18時45分まで,予定時間を超過して意見交換会が実施された。

 (2) 刑事系教員研修については,参加申込み16名から10名を決定し,法科大学院協会から記録係を含め2名が参加し,合計12名が参加した。研修は,平成21年9月8日に実施され,事前説明の後,12時50分より16時50分まで,参加者を4組に分け,それぞれ4クラスの集合修習における刑共演習(公判前整理手続における争点及び証拠の整理)を見学した。集合修習見学の後,17時より19時まで,予定時間を超過して意見交換会が実施された。

2 民事系教員研修における意見交換会の概要

 (1) 法科大学院協会から,法科大学院の教員12名及び法科大学院協会から3名の合計15名が参加し,司法研修所からは民事裁判教官2名,民事弁護教官3名(内1名はオブザーバー参加),民事弁護所付1名の合計6名及び事務局所付1名が参加した。
 最初に,教員研修等検討委員会の田口守一主任(早稲田大学)が挨拶した後,同委員会の片山直也委員(慶應義塾大学)の司会で,①法科大学院における要件事実及び事実認定の教育のあり方と,②法科大学院教育における法律基本科目(民事系)教育のあり方をテーマに意見交換がなされた。

 (2) 「法科大学院における要件事実及び事実認定の教育のあり方」については,法科大学院の教員から,要件事実教育の現状として,要件事実の学修前に民事実体法・民事手続法の理論的・体系的理解を完成させることが時間的に困難であること,完全未修者にとっては実体法の理解そのものが困難であり,ひいては,要件事実論の学修にも困難を来していること,教員の側でも要件事実は民事実体法・民事手続法の学修後に学ぶ実務上のツールという固定観念があり,要件事実論について実務家教員と研究者教員との温度差があることなどの問題点の報告があった。その上で,学生は戸惑い,教員は学生の学力の不足を指摘しつつ,習熟度を考慮することなく司法研修所のテキストを使用することで対応しているとして,解決策として,要件事実論と同時並行的に実体法・手続法の確認・復習を行い,民事実体法の理論・体系の理解を深め,民事裁判の進行のあり方も学習する方法の提示があった。また,事実認定については,法科大学院では,極めて単純な事実認定と事実の意義等について学ぶに留めざるを得ないとの報告がなされた。 
 これに対し,司法研修所民事裁判教官から,法科大学院における要件事実教育については,平成21年3月5日開催の最高裁判所の司法修習委員会において了承された「法科大学院における『民事訴訟実務の基礎』の教育の在り方について」(以下「在り方について」という。)に示されているとおり,要件事実は,あくまでも民事実体法の解釈を踏まえて考えられるべきものであり,そこで規定された法律要件や法律効果を離れて要件事実を論じることには意味がなく,それ自体が教育の目標になるものではないとの認識が示された上,このような観点から,上記報告に共感するとの発言があった。
 そして,同教官からは,司法研修所では,「紛争類型別の要件事実」とともに,「問題研究 要件事実」という言い分方式で作成されたテキストを発行しているが,これは,法科大学院で用いられることを念頭に民事実体法の解釈に力点をおいて作成されたものであるとの紹介があった。
 上記の応答に対し,他の参加教員からは,要件事実論は,民法そのものであって,民法とは別に要件事実論というものが存在するわけではなく,民法の中で教えればよいという発言や,会社法を教えるにも,実体法上の要件のみではなく,訴訟法まで見据えて教えなければ実務では役に立たないという発言,要件事実については,民法の学者は自分の分野ではないと考えており,それが問題であるという発言,裁判規範としての要件事実論と行為規範としての民法とは違う世界観があるのではないかという発言等があった。最後の発言に対しては,民事裁判教官からは,民法と要件事実の世界が別々にあると思うと初学者には取っつきにくく感じられる面があるのではとの指摘もあった。
 さらに,要件事実論の教え方についても議論になったが,複数の参加教員から,時間的な制約もあって,基本的な内容を理解させることにも苦労するとの発言があった。
 引き続き,法科大学院における事実認定教育のあり方に議論が移り,民事裁判教官から,「在り方について」に示されたとおり,法科大学院では,事実認定そのものではなく,証拠の意義や,自白・書証・人証の各機能等の事実認定を検討する基礎的な事項を理解させることをお願いしたいと考えているとして,先日,講義において,事実認定の基礎的な話をしたときに,修習生を指名したところ,法科大学院で学んでいると考えていた処分証書の定義すら出てこなかったとの紹介がなされた。
 参加教員からは,事実認定の具体的な教授方法として,併設の法律相談所で生の事実に触れさせて判断させているという紹介があったが,法科大学院では基本的な要件にあてはめることをさせるくらいしかできないとの発言もあり,基本的には事実認定は司法修習で学ぶことであるとの確認がなされた。

  (3) 続いて,「法科大学院教育における法律基本科目(民事系)教育のあり方」について意見交換がなされた。まず,司法研修所民事裁判教官から,最近の修習生の基本法の理解に不安を抱くことがあるとして,新60期から62期の修習生についていえば,全般に真面目で礼儀正しいが,法律的な力については,修習生相互の差が激しく,民法や民事訴訟法の知識は薄く,表面的であると感じており,各地の指導官からも,実務修習を通じて,その差はかえって拡大していると言われており,下位層が固定している印象であるとの報告がなされた。また,同教官からは,具体例として,二回試験等において,民法では,相殺の主張の効果として,引換給付判決になると解答した例や,手付解除について,手付の交付自体が履行の着手に当たると解答した例,民事訴訟法では,確定判決の既判力が関連事件の別の当事者間に及ぶと解答した例,作成者が当該書証を作成したことには争いがなく,その書証の意味内容が争われているにすぎない場合に,文書の成立を否認していると解答した例が紹介された。
 以上に対し,参加教員から,学生の基本科目の理解が不十分であることは痛感しており,法科大学院での対応が必要であると考えているが,法科大学院においては,設立当時,法的思考力の涵養が重視され,そのために授業での質疑応答が重要であると思われていたために,知識のインプットが後退しているのではないかと感じており,そもそも,法律家像として,教養や知識の十分な者を望むのか,独特な発想ができる者を望むのか,ということが問題なのかもしれないとのコメントがなされた。
 上記の応答に対しては,別の参加教員から,法科大学院で教えていても,できない学生は民法が分かっていないとして,自分で考えさせる教育をすることが重要であるとの発言等があった。 
 司法研修所民事弁護教官からは,その外,法科大学院では基本を教えることが大事であるとの発言,最近の修習生は,生の事実から法に適用すべき事実が抽出できていないが,そのためには,まず実体法の正確な知識が必要であり,その上で要件事実をよく理解して事実の取捨選択ができるようになっていてほしいとの発言,法科大学院では,浮き足だって司法試験のためだけの勉強にならないよう,大学としての立場で基本科目をしっかりと教えて欲しいとの発言があった。

3 刑事系教員研修における意見交換会の概要

 (1) 法科大学院協会から,法科大学院の教員10名及び法科大学院協会から2名の合計12名が参加し,司法研修所からは刑事裁判教官2名,検察教官2名,検察所付1名,刑事弁護教官2名,刑弁所付1名の合計8名及び事務局所付1名が参加した。
 最初に,教員研修等検討委員会の田口守一主任(早稲田大学)が挨拶した後,田口主任の司会により,①法科大学院教育における公判前整理手続の授業のあり方および②法科大学院教育における実務家教員の連携のあり方をテーマとして,意見交換がなされた。

 (2) 「法科大学院教育における公判前整理手続の授業のあり方」については,まず,法科大学院教員から,公判前整理手続が,争点を整理し,立証や反証のための証拠を整理するものであることからすると,公判前整理手続に関する教育の実質は事実認定能力の涵養にあると思われるが,本年3月に司法修習委員会から出された「法科大学院における『刑事訴訟実務の基礎』の教育の在り方について」(以下,「在り方ペーパー」という。)によると,法科大学院教育においては,事実認定能力よりも手続遂行能力の涵養に重点が置かれるべきであるとされている,そこで,「在り方ペーパー」のシラバス案に掲げられた「公判前整理手続の基本」とは何を求めているものなのか,ご教示願いたい,また,公判前整理手続の授業に使用できる簡単な事件記録教材を出してほしい,との意見が出された。
 これに対して,司法研修所刑事裁判教官から,「公判前整理手続の基本」の内容を具体的に決めることは困難であるが,公判前整理手続は,当事者の主張立証の枠組を事前に決め,判決の行方を決める重要な手続であり,最低限,手続の目的・重要性・役割,法曹三者の各関与の仕方について理解させることが必要である,また,証拠開示も非常に重要であるので,概要や近時の判例を学修させてほしい,刑事模擬裁判などの選択科目で模擬記録を使用し,公判前整理手続をやってみるのも1つの案だと思う,との意見が出された。
 以上を踏まえて,参加教員から,今挙げられた学修項目が最低限度のものとして重要なのはそのとおりであるが,実務的な観点から,プラス何をすべきなのかが問題であるとの指摘がなされ,これに関して,公判前整理手続経験のある実務家に講義を依頼したという経験談や,授業時間の制約や学生の学修進捗度からすると,法科大学院で公判前整理手続の演習をさせ,理解を定着させるのは難しいのではないかという意見,演習させるのは困難だとしても,司法修習生が実務修習中に行う公判前整理手続演習を見学させてもらう機会があれば,学生の理解度が相当異なるのではないかという意見,従前の模擬裁判の授業の重点を公判前整理手続にシフトさせることにより,手続の演習を盛り込むことも時間的に可能なのではないかなどの意見が出された。
 司法研修所教官からは,概ねの司法修習生は実務修習中に実際の公判前整理手続を傍聴する機会があり,本日授業見学を実施した公判前整理手続演習も,そのようなプロセスを経て行われているものである旨の説明があり,プロセスとしての法曹養成という観点からすれば,法科大学院ですべて習得させる必要はなく,基本部分を押さえてほしい旨の確認がなされた。

 (3) 「法科大学院教育における実務家教員の連携のあり方」については,初めに司法研修所教官から,裁判官,検察官及び弁護士の各実務家教員同士の連携の重要性について述べられ,法科大学院における実務科目の到達目標は,上記「在り方ペーパー」にもあるように,司法試験合格後の実務修習で困らない程度であり,立場が異なっても教えられるレベルのものでよいのであるから,三者の相互連携を図ってほしいこと,三者がそれぞれ独自に行うオムニバス授業とすると学生の混乱を招くので,その意味でも連携が必要であるとの意見が述べられた。併せて,司法研修所においても,三者共通授業を採り入れ,修習生の演習や問題研究の際に各教官がそれぞれの立場からコメントをしている旨の紹介がなされ,このような授業は,適切な裁判手続の運営のためには三者の協力が必要であることや,柔軟な思考のできる法曹を育てたいという共通認識からなされているものである旨の説明がなされた。
 続いて,参加教員から,実務家教員同士の有意義な連携を図るためには,研究者教員が科目間FDの実践や教材検討会への関与などのコーディネートをする必要があると考えるが,そのためには,司法研修所に学修のミニマムスタンダードを具体的に示してほしいとの意見が出された。また,理論と実務の架橋を図り,実務科目の学修効果を高めるために,実務家教員や司法研修所から,研究者教員に対し,授業に何を盛り込んでほしいか提示してほしいとの要望が出された。
 さらに,参加教員から,連携の実情として,以前は実務家教員同士の打合せをしていたがだんだんしなくなっている,あるいは,授業で何をし,どのように分担するかという打合せはしているが,それを決定した後は各自が授業をしており,事後的に反省会をする程度になっている,などの紹介がなされ,今後考えられる連携の方策としては,三者共同授業の導入や,他の教員の授業に参加してコメントすることなどが考えられるといった意見や,三者が共通してやるべきことを司法研修所から示してもらうと連携を図りやすいといった意見が出された。
 司法研修所教官からは,何を学修のミニマムスタンダードとするかは難しい問題であるが,研修所で使用する教科書の内容が理解できる程度であることが求められるという意見や,基本的知識がやや不十分な学生がいるように思えるので,原理原則部分を押さえた上で研修所に来てほしい,という意見が出された。

以上

【参考】教員研修の案内書
平成21年度教員研修については,平成21年6月20日に國學院大学を会場として開催された法科大学院協会総会において告示され,以下の書面が各法科大学院に配信された。

平成21年6月22日

法科大学院 関係者各位

教員研修のご案内

法科大学院協会
教員研修等検討委員会
主任 田 口 守 一

  法科大学院協会では,昨年度まで行って参りました現行型司法修習の前期修習に関する教員研修を廃止し,新司法修習の集合修習に関する見学及び司法研修所との意見交換を内容とする新たな教員研修を実施することと致しました。
  現在,新62期修習生は,各地の配属庁における新たな分野別実務修習を受けておりますが,東京,さいたま及び大阪で修習を受けている修習生(A班)は,分野別実務修習終了後,司法研修所において集合修習を受けることとなっております。司法修習の仕上げともいえるこの集合修習の模様を法科大学院の教員が実地に見学させていただき,新司法修習の指導方針等に関する正確な情報を得ることは,新しい法曹養成プロセスの中核を担うべき法科大学院にとって極めて意義のあることと考えます。加えて,この機会に,法科大学院における実務基礎教育と司法研修所による実務修習との有機的な連携のあり方に関して,司法研修所教官と法科大学院教員との意見交換の場を設けたいと考えます。
  以上,司法研修所のご協力を得て,下記の要領で平成21年度の教員研修を執り行うことと致しましたので,ふるってご参加下さいますようご案内申し上げます。

1 月日:民事系教員研修 平成21年8月20日(木)
      刑事系教員研修 平成21年9月 8日(火)

2 場所:司法研修所
      〒351-0194 埼玉県和光市南2丁目3-8

3 日程:民事系教員研修・刑事系教員研修とも
      集合:司法研修所本館3階中会議室A 12:15
   ① 事前説明 12:30~12:45
   ② 演習見学 民事系教員研修 12:50~15:40
             刑事系教員研修 12:50~14:40
   ③ 講評見学 民事系教員研修 15:50~16:50
             刑事系教員研修 15:00~16:50
   ④ 意見交換 17:00~18:30

4 見学内容
 (1)  民事系教員研修:「民事共通演習2」
    修習生を裁判官役,原告訴訟代理人役,被告訴訟代理人役等に分け,弁論準備手続期日における争点整理手続を実演させる。修習生には,主張を整理した上で,主要事実レベルでの争点,重要な間接事実レベルでの争点,それらを立証する人証を明確にすることを求めており,争点整理の結果に基づいて争点の確認をするなどさせる。その後,教官から,争点整理の解説を行う。
 (2)  刑事系教員研修:「刑事共通演習2」
    修習生を裁判官役,検察官役,弁護人役等に分け,公判前整理手続期日における争点及び証拠の整理を実演させる。その後,教官から,争点及び証拠の整理の講評を行う。

5 意見交換会
 法科大学院における実務基礎教育と司法研修所による実務修習との有機的な連携のあり方に関して議論すべきテーマについて,法科大学院側と司法研修所側の双方の若干名から報告をいただき,その上で参加者全員による忌憚のない意見交換を行うこととしたい。

6 参加人数及び研修結果の還元
  司法研修所の教室のスペースの問題及び意見交換会の規模を考慮し,参加人数は民事系・刑事系とも各10名程度とさせていただき,応募人数がこれを上回る場合には,原則として抽選により決定させていただきますが,その際には,1法科大学院当たり1名とさせていただくとともに,全国各地の法科大学院の教員にご参加いただくという観点を加えて教員研修等検討委員会において参加者を決定させていただくことを予めお断りしておきます。
  このように研修会の規模には限界がありますが,研修会において示された新司法修習の指導方針に関する情報や意見交換会の内容に関する情報は,法科大学院協会ホームページ等で各法科大学院にお伝えする予定です。

7 申込先:法科大学院協会事務局
        〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-10-34 原宿コーポ別館613
        エヌプランニングオフィース内 
        ℡&Fax:03-5414-3166 (執務時間:月,火,木の13時~18時)
  申込方法:メールで事務担当小山までお申込み下さい。
  メール・アドレス:jals@pf6.so-net.ne.jp
  記載内容:① 件名を「研修参加申込み」としてください。
         ② 参加申込者の氏名・所属大学院名・希望日を
            明記してください。
         ③ 意見交換会で取り上げるべきテーマを挙げてください。
         ④ 申込者の連絡先(電話・メールアドレス)を明記してください。
         なお,メール申し込みを受け付けますと必ず受領の返信が届くはず
         ですが,万一返信がない場合には事務局にお問い合わせ下さい。

8 申込締切:平成21年7月6日(月)

9 参加案内:参加のご案内は平成21年7月9日(木)ころを予定しています。
         ご希望に添えなかった場合もご連絡いたします。

以上

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