修習生の給費制維持は司法制度改革に逆行(理事長所感)

2010年10月12日
法科大学院協会理事長 青山善充

【理事長の責任で下記文章を朝日新聞に投稿したところ、10月15日「私の視点」に、やや縮めた形で掲載されました。ここでは、元の文章のまま掲載します。】

人目を惹かぬように小さな歯車を狂わせることで、いま、司法制度改革という大きな時計の針が逆戻りさせられようとしているのではないか。司法修習生の給費制維持をめぐる最近の動きを見て、そんな強い懸念を抱かざるを得ない。

法科大学院を修了して新司法試験に合格した者が最終的に法曹資格を得るためには、原則として1年間の司法修習を受けなければならない。従来は、司法修習生全員に対して国庫から給与が支払われてきたが、本年11月から希望者に生活費を貸与する制度に移行することになっている。その直前になって、議員立法で給費制維持の法律改正を行おうとする動きが伝えられている。

もちろん、経済的に恵まれない者に対しても法曹への道が広く開かれるべきこと、弁護士が公共的な役割を積極的に果たすべきことについては、なんら異論を挟むつもりはない。また、法科大学院において日々学生と接する一教員として、法曹志望者の経済的負担をできる限り軽減してやりたいという思いは、誰よりも強い。全国の法科大学院の中にも、給費制維持に賛成するところもある。

しかし、問題は、国と地方を合わせて800兆円を超える借金を抱え、その重い負担が国民のすべてにのしかかる中で、法曹の卵だけを特別視し、給費制を維持することが賢明な選択といえるのか、給費制の維持が司法制度改革全体に対して悪影響をもたらすのではないか、という点にある。

具体的には、第1に、貸与制への移行は、多くの優れた法曹を育てるための法科大学院の創設や、司法試験合格者を年間3000人程度に増加させるとの閣議決定と三位一体として決定されたものである。逆にいえば、厳しい財政状況下で給費制を維持すれば、予算上の制約から法曹人口の増加にブレーキがかかることになりかねない。いま必要なことは、給費制の維持ではなく、合格者3000人の早期の実現である。

これに対して、現在、既に弁護士の数は過剰だとの意見もある。しかし、それは、多くの弁護士が旧来の業務と執務態勢に固執することに起因している。現在でも、依然として弁護士がいない市町村が1000以上存在している。行政や自治体、企業などへの職域の拡大は進まず、国際的交渉を支える法律家も不足している。このような状況において求められるのは、法曹人口の抑制ではなく、本来必要とされるサービスを幅広く提供できるように、法曹がその職域を拡大し、執務態勢を改め、新しいキャリアモデルを構築することではないか。

第2に、給費制の維持は、法曹志望者の経済状況を改善し、弁護士の公共的役割を強化するためだとも説かれるが、必ずしもその目的に適合していない。税金はできる限り国民に直結する形で使われるのが望ましい。その観点からすれば、弁護士過疎地域で働いたり、国選弁護・付添人活動に従事したりした弁護士について、貸与金の返還免除を認めるとか、民事法律扶助の増額を図るとか、国民が必要とするサービスを提供することを前提に行われるべきである。給費制とは、このような政策的配慮もせず、また親から十分な経済的支援を受けることができる者や、本人が将来高額の所得を得ることが予想される者にも一律に給与を支払うものであって、その政策的欠陥は明らかであろう。

しかも、給費制に要する予算は年間100億円を超えるといわれている。一方、経済的に恵まれない国民の民事裁判を支援する法律扶助予算は、近年増えたものの、ようやく200億円弱で、支援を受けた国民には返還義務がある。この現実を踏まえたとき、給費制の維持は、果たしてバランスがとれるであろうか。ましてや、給費制を維持する結果、国民へのサービスにかかわる司法予算が減額されることになれば、もはや本末転倒というほかない。

他方で、現在予定されている貸与制においても、経済的負担の考慮から、貸与金は無利息で、修習終了後5年間据置き、その後10年間で返済すればよいというきわめて緩やかな返済条件である。それでもなお返済困難な者に対しては、返還免除などの制度を工夫する余地はあるが、それは、貸与制への移行をいま凍結しなくても、据置き期間内に議論を行えば十分である。

もう一度思い起こしてほしい。一連の司法制度改革は、国民のための司法の実現を目指して十分な時間をかけ、全体を見渡した制度設計に従って行われてきた。時計の針を戻してはならない。司法制度改革の議論に深くかかわってきた者の一人として、与野党ともに、長期的な展望をもち、国民の視点から公正で納得のいく議論が行われることを切望する。

(明治大学法科大学院特任教授)

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