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インハウスローヤーとして輝く

弁護士 福岡充希子

福岡充希子 弁護士
1982年生まれ。新62期。本稿執筆時は、株式会社ベネッセホールディングス セキュリティ・コンプライアンス本部コンプライアンス部 法務1課、弁護士。現在、株式会社ベネッセスタイルケア法務1部。東京大学法科大学院修了。専門:企業法務一般

現場とともに歩む

 「今からすぐお時間いただけますか。」担当部門からの電話を受け、ミーティングに臨む。セオリーに当てはまらない前提条件について、どのように法的に手当てすればよいか。会議室へのエレベーターで、急いで確認事項を考える。新企画に懸案はつきものだ。ひととおり話を聞き、「先方の主張も分かりますが、先にそこを譲ってしまうと、二度と同じ話はもちだせませんので、慎重に検討する必要があります。」と答えつつ、長い交渉の道のりが浮かぶ。インハウスローヤーや法務部門の担当者は、法律事務所に所属する弁護士に比べ、事業の現場により近いところにおり、リアルタイムでより状況に即したアドバイスが求められることが多い。プロジェクトの序盤から、法律論以外の社内外の背景事情にも気を配りつつ、案件に関わり続けることができるのは、インハウスローヤーのやりがいの一つだ。仕事をするうえでは常に実態に即して考え判断することができること、様々な立場の人とスムーズにコミュニケーションができること、社外の専門家とも案件の性質に応じて適切に連携をすることができることなど、いずれも重要である。私自身日々研鑽中であるが、現在の仕事につながる基礎体力は、振り返るとロースクール時代に身につけてきたように思われる。

忘れ得ぬ学び舎

 講義の聴講と自学自習を中心とした私の法学部時代の学習スタイルとは大きく異なり、ロースクールでは、授業時間はもとより、気の合う友人と結成した自主ゼミで、よく議論した。陽光降り注ぐクリアガラスのラウンジで、日々授業の予復習を行い、司法試験の過去問などの起案を批評しあい、将来について考えた。「たしかに、一般的な文脈では正しいかもしれないが、今回は別の事情があり、当該ロジックを適用できないのでは。」「いや、この新しい裁判例では今回の事例ととてもよく似た事情があるが、原則を貫いた結論が導かれている。」……
 多様なバックグラウンドの教授陣やリーガルマインドをもった学生仲間と、こんなにも真剣に、濃密な議論ができる空間が他にあるだろうか。案件に即して具体的に考えたり、議論の中で解決策を検討し導き出したりする姿勢を、自然に身につけられるような環境であった。ここで出会った仲間は、法曹三者を中心とする様々な職業に就き、現在も色々な形で交流が続いている。仕事で社外の専門家と連携をする際にも、ロースクール時代の仲間の感覚知は非常に参考になる。

インハウスローヤーの印象と実際

 これから法曹をめざす方々には、裁判官、検察官、法律事務所に所属する弁護士のみならず、インハウスローヤーも将来の職業の選択肢の一つとして、ぜひ積極的に目指していただきたい。これまで母校の企画や私の所属する組織内弁護士協会(以下「JILA」)のイベントで、ロースクール生やロースクールをめざす学生のみなさんと話をする機会を得た。みなさんがインハウスローヤーに対して抱く印象の中には、見直して欲しいポイントがいくつかあった。私は駆け出しの時期に、法律事務所での執務、会社での勤務をともに体験することになったこともあり、法律事務所に所属する弁護士とインハウスローヤーとの比較の視点から、若干述べたい。

[1]仕事内容
 インハウスローヤーは、いわばクライアントが1組織となるため、経験の幅が狭まるのではという質問を受けることがあるが、そのようなことはなく、工夫次第であると考える。法律事務所では、様々なクライアントのバラエティに富む事件を担当することが多いが、全体のスキームの一部分へ関わった後、案件の帰趨や背景事情は把握できないこともある。一方インハウスローヤーは、比較的プロジェクトの全体像に関わることができる。所属組織が社会的存在として活動するために必要な法律分野にはすべて関わり得る立場となるから、扱う法律の幅も広い。アクティブなビジネスの現場にとても近い立ち位置となるから、所属組織の事業そのものに興味がある者にとっては特に、日々やりがいを感じられる職業だと思う。また、組織の一員として必要な承認を経ることにより、弁護士会の委員会や国選弁護活動などの公益活動も必ずしも制限されることはない。私は第二東京弁護士会の消費者委員会で研修講師を行う等、一定の活動を続けている。

[2]ネットワーク
 インハウスローヤーは、所属する組織外の弁護士等に相談したり、情報交換したりすることは難しく、基本は閉鎖的な環境におかれるのではという疑問もあるが、そのようなことはない。私は、知り合いの弁護士の紹介で、勉強会を開いたり、親睦を深めたりしているインハウスローヤーの組織(JILA)があると知り、気軽な気持ちで昼食会や勉強会に足を運ぶようになった。JILAは多様な業界に所属する様々な立場の弁護士が一堂に会する場であるが、修習期や勤務先に関わりなく風通しのよい雰囲気で、今では仕事や生活など色々なことについて自由闊達に話し合える貴重な空間となっている。そのほか、ロースクール、修習時代の信頼できる仲間とのネットワーク、弁護士会のネットワークも貴重であり、それぞれに関わりを続けている。法律家にとって色々な意見をもった仲間とのつながりが大事だと実感したのは、ロースクール時代であったと思う。

[3]生活面について
 インハウスローヤーは、支える家庭をもつ女性にとっても働きやすいという印象をもたれているようであり、私自身もそのように感じている。法律事務所では、多くのクライアントから難しい至急の案件が常にランダムにもち込まれ、夜間、週末に作業を行うことも多い。この点インハウスローヤーは、性質上所属組織の就業条件に従うため、規則的な働き方がし易い場合が多いと思われる。私自身は、平日の仕事以外、週末の時間は、家族と共に過ごす時間を第一に、英語などの自己研鑽、趣味のピアノやダンスに充てる時間を大事にしており、それが仕事への活力にもつながっている。なお所得については様々なケースがあり一概にいえないが、額面だけで比較するのではなく福利厚生面などを考慮して総合的に見極めることが重要である。弁護士会費の取扱いは様々であるが、実質的に組織側が負担しているケースが多いと思われる。後進のためにも、少なくともきちんと組織側と話し合うことは重要である。

インハウスローヤーを目指す方へ

 インハウスローヤーは弁護士にとって比較的新しい職域でもあり、プロ意識、パイオニア精神をもって自らのキャリアを切り拓く気概は常に求められる。組織と共に歩む以上、どんな状況でも自らの立場でできることを臨機応変にこなすことが重要であり、想定外の状況でこそ真価が問われる。インハウスローヤーに興味がある方、具体的にめざしている方は、JILAを創設された梅田康宏弁護士の『インハウスローヤーへの道』(レクシスネクシス・ジャパン株式会社、2013年)をぜひお読みいただきたい。日本放送協会の初めてのインハウスローヤーとしてご自身の経験や客観的なデータをもとに、インハウスローヤーとは何か、求められるものは何か、どのようにめざせばよいかが、非常に分かりやすく具体的に凝縮され、つづられている。私自身、読み返すたびに改めて発見することが多くある。本稿がロースクールやインハウスローヤーに親しみをもつきっかけとなれば幸いである。

(法学セミナー2015年5月号20-21頁に掲載したものを転載)

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