選択肢としての法曹・法科大学院
外務省総合外交政策局国際平和協力室課長補佐(出向中)
松本諭
松本諭 外務省総合外交政策局国際平和協力室課長補佐(出向中)
(※本稿執筆当時は、大阪地方裁判所判事補) 1981年生まれ。筑波大学第一学群社会学類卒、大阪大学法科大学院修了、大阪地方裁判所判事補、最高裁判所事務総局人事局付を経て現職。
はじめに
私は2007年にロースクールに未修者として入学し、2010年に新司法試験(当時)に合格、2012年1月から判事補として大阪地方裁判所で勤務しています。
私はロースクールに入学するまで家族や知人に法曹関係者がほとんどおらず、ロースクールに入ると決めた頃も法曹の仕事についての知識がほとんどない状態でした。今から振り返れば、法曹の仕事についてもっと知っていれば、ロースクールでの勉強や進路選択がもっと充実したものになったかもしれないとも思います(選択した進路に不満があるわけではありませんが)。
そこで、ここでは主に、皆さんがあまりイメージをもっていないかもしれない新任の裁判官の職務や、裁判官という進路を選択するうえで感じたことについて私の経験をお伝えし、皆さんが進路を選択するうえでの参考にしていただければと思います。
新任の裁判官の仕事
私が裁判官になり大阪地方裁判所に配属されてから約3年が経ちますが、この間、最初の1年余りは刑事部に、その後は民事部に配属されました。
刑事部、民事部どちらでも、新任の裁判官の主な仕事は共通しています。それは、合議事件(裁判官3人の合議体で担当する事件)の主任裁判官として、どのように事件を進めるかを検討し、事件が終結すれば判決書を最初に起案する、というものです。判事補は、法律上、任官して最初の5年間は、一人で訴訟を担当することができないので、先輩の裁判官と組んで事件を担当することになります。その時に、主任裁判官という立場で事件に責任をもつのが主に左陪席、つまり一番若手の裁判官ということになります。
事件処理に当たっては、合議体を組む他の二人の裁判官と話し合いながら方針や結論を決めることになりますが、他の職業と大きく違うのは、3人の裁判官の立場が対等だということです。もちろん、自分の最初の意見が最終的な結論にならないこともありますし、自分の意見の問題点についていろいろと指摘を受けることも少なくありません。それでも、若手裁判官の意見も一つの意見として尊重され、真剣に議論してもらえますし、納得できないまま裁判長の意見を押し付けられるということもありません。
このように、若手であっても最初から責任ある立場で事件をまかされ、その意見を尊重されるというのが裁判官の特徴ということができます。これは、実はなかなかしんどいことです。特に最初は初めて扱う種類の事件ばかりですし、事件によっては自分たちが出した結論が大きく報道されたり、社会的に影響を及ぼしたりします。
ただ、だからこそやりがいがあるというのもまた、間違いありません。また、新任裁判官でも一人でできる事件というのもいくつかあります。その一つが、令状審査、逮捕状や勾留状を出すかどうかという判断です。自分の決定次第で、人が逮捕されたり身柄の拘束が続いたりするのですから、これも非常に責任の重い仕事です。
志望理由
私は、ロースクール在学中、志望を聞かれれば裁判官と答えていました。派遣教官として来ていた裁判官の話を聞いて面白そうだなと思ったこともありますし、正直に言えば、自分でお客さんを引っ張ってきてお金を稼ぐのはいかにも大変そうだという消極的な理由もないではありませんでした。ただ、ロースクール在学中の法律事務所でのエクスターンシップや、司法試験を終えた後の事務所訪問で色々な弁護士の話を聞く機会があったのですが、どの弁護士も誇りを持って仕事をしておられ、そしてとても楽しそうに(また羽振りも良さそうに)、何よりも自由に見えたことから、弁護士にとても惹かれました(今にして思えば事務所訪問に来た相手に辛そうな顔を見せたり愚痴ばかり言ったりする弁護士もそうそういないでしょうが、という話を弁護士にしたところ、「そうでもない」的なことを言われたので、私がお会いした方々はやはり皆様楽しく仕事をされていたようです)。
そんなこともありまして、修習中は弁護士か裁判官かで内心迷っていました。弁護士というのは年数に関係なく一人でも事件処理ができるし、自分が力を入れたい活動があればそれに力を注ぐことができるなどとても自由に見える。これに対して裁判官は、自分で事件や任地を選べないうえ、5年間は自分一人で判決をすることができないという制約もある。私は、大学を出てからロースクールに入るまで3年間ブラブラしていたこともあり、私が修習に入る頃には同級生は既に企業や省庁で、あるいは弁護士として活躍していたので、これから法曹としての第一歩を踏み出し、さらにしばらく独り立ちできないというのは大きなマイナスではないかと感じていました。
しかし、司法修習で裁判官の仕事を実際に見てみると、前述のように新任の裁判官も大きな権限をもって重要な仕事をしており、自分一人で判決ができないからといって職責が軽いとか、やりがいが少ないということはないのではないかと思うようになりました。また、たしかに弁護士のように事件を選ぶことはできないのですが、担当した事件に関しては、誰の立場からも離れて、自分が正しいと思う結論に従うことができるというのは、弁護士とはまた違った意味で自由な気がしたこと、弁護士から裁判官になるのと裁判官から弁護士になるのでは、一般的には後者の方がなりやすいし、全国転勤のある裁判官で色々な場所を見てみるのも楽しそうだと思えたこと、という理由もあり、最終的には裁判官になろうと決めました。
ロースクールでの経験
私は法曹について具体的なイメージをもたないまま、また、司法試験についてほとんど知識をもたないままロースクールに入ったのですが、ロースクールでの実務家教員の方の講義やいろいろな講演等に触れるうちに少しずつ実務のイメージを形づくることができ、このことが司法試験に向けた勉強を継続する上での大きなモチベーションになりました。また、同じ目標に向かって努力する同級生や、貴重な経験を伝えてくれる上級生の存在がなければ、今の自分はなかったと思います。そういう意味では、ロースクールという学びの場は、当時の私にはフィットしていたのではないかと思います。
また、私は、任官して2年目と3年目は民事部のうち租税・行政集中部というところに配属されたのですが、ここでは、それまで扱ったことのない様々な法律(税金や年金に関する法律、多様な業法等)が問題になる事件に出会うことがよくあります。そのようなときに、ロースクールで司法試験科目以外の周辺科目について学んだことで、問題になる法律について多少の知識をもっていて助かったこともありますし、新たに出会う法律を解釈する際の思考方法を学んだことが生きることもままあります。
進路として法曹、ロースクールを目指すことがそれなりのコストやリスクを伴うものであることは否定できませんし、ロースクールに入れば、あるいは司法試験に受かればバラ色の未来が待っていると安請け合いするつもりもありませんが、ロースクールを経て幸運にもやりがいのある仕事をできている身としては、選択肢の一つとして検討する価値はあるのではないかと思っているということを最後にお伝えしておきたいと思います。
(法学セミナー2015年5月号14-15頁に掲載したものを転載)